プロローグ「マゾゲーは終わらない」
穏やかな温もりと耳元を吹き抜ける風が心地いい。
今日はきっと一年のうちでも何番目かにはいい天気だろう。
何の根拠もないがそう思った。
これで乗りものが新しければ新鮮さというのも感じられるのだろうが、
今乗っているのは中高6年間あちこちにガタがくるほど使い続けた自転車なのだから
そんなものを感じるはずもない。
代わりにこの通学路を走るのはこれで最後になるのかとわずかに寂寥を覚えた。
自分らしくないなとは思う。
何しろクラスメイトに誘われたクラス会(徹夜でカラオケに篭るらしい)を
適当な言い訳で断るような自分だ。
たかが通学路ぐらいで......やめておこう。
別にそうは思えないとかではないぞ。
なんとなく不毛な気がしただけなのだ、うん。
クラス会だって別に理由もなく断ったわけではない。
今朝方、面白そうな話題を2chで見かけたのだ。
最近そこそこはまっているゲーム。
『フォルクレストオンライン』で縛りプレイに最適なアップデートがあったらしい。
以前に内政にポイントを振り分けない縛りを加えてプレイしたことがあったが
その時は一回目こそ失敗したものの、二回目では問題なくクリアできてしまった。
最高評価が取れなかったことには、やや不満が残ったが
三回目では間違いなく取れただろう。
それでは面白くない。課題をこなすようにゲームをする気にはなれなかった。
なぜさらなる難度に挑戦しないのかと言えば
フォルクレストオンラインは初期のポイントを全て振り分けないと開始できないからだ。
どこかに縛りを加えても難度はそこまで跳ね上がらない。
話が逸れたがまあそんな理由で帰路を急いでいたわけだ。
理由になってないかね。
まあいいさ。とりあえずさっさとゲームがしたかったのだ。
「ただいまー」
玄関に手をかけガラガラと開け帰宅を告げる。
今の時間だと家には誰もいないだろうがこれは気分の問題だ。
日頃からやっている事をしないというのは気持ちが悪いし、
何より言葉にする事で実感できることもある。
「あっお兄ちゃん!おかえりー早かったね?」
......どうやら妹がいたらしい。
「あ、ああ。まあな。それよりお前こそなんでいるんだよ?学校は?」
べ、別にそれっぽい事思ったからって恥ずかしくなってなんてないぞ!絶対にだ!
「え?学校?えっとねーサボったよ!」
「......」
満面の笑みで不良活動を報告してくる妹。
小首を傾げちゃったりしてあざとい。実にあざとい。
これで可愛くなかったら張り倒しているところだ。
「何考え込んじゃってるのさー冗談だよ。冗談。
インドア派のお兄ちゃんと違って私は社交的なのです!
一日休んだら取り戻すのに三日かかるんだよ!そんなもったいない事しないって」
カラカラと笑いながら兄をインドアと宣ふ自称社交的人間の妹様。
やっぱりこいつ張り倒してやろうかな。
「社交的な人間はそうそう嫌味を言ったりはしないと思うぞ妹よ」
今自分の頬は盛大に引きつっているのだろうなと思いながら言い返す。
「何言ってるのお兄ちゃん。自覚しているから言わないように気をつけられるんだよ?
まーでもそうかな。お兄ちゃん以外には言わないように気をつけるね!」
本当にこいつは......いつからこんなになってしまったのだろうか。
昔はもっと素直でいい子だったのに、今では息をするように嫌味が飛び出してくる。
「ところで昼食について母さんから聞いてるか?」
「うん。いつもの所に置いてある。
お兄ちゃんが好きなハンバーグは全部私が食べちゃったけどね!
トマトなら全部残ってるよ?
それじゃー私は出かけるから。いってきまーす」
「おいっ」
口早に返事を告げ、外出しようとする妹を引き止める。
背中越しに笑顔を向けてくる妹。
「なぁに?」
「食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ」
「ミタ屋のミルクプリンでどうかな?」
「......それで手を打とう」
出てきた予想外の単語に言葉が詰まるが、迷うことなく了承する。
ミタ屋のミルクプリンは美味いのだ。
「はーい。それじゃあいってくるねー」
ガラガラと音を立てて元気よく出て行く妹。
そういう所は昔から変わっていない。
いつも元気で常に笑顔で明るく、あわただしい奴だ。
いつまでも妹の事を考えていてもしょうがない。
さっさと飯食って、ゲームをしよう。
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俺は今、上機嫌に廊下を歩いている。
ダイニングの机の上にはハンバーグが残っていたからだ。
どうやら妹が言っていたのは冗談だったらしい。
疑って悪かったな妹よ。今度何か甘いものでも買ってきてやろう。
踏みしめた廊下もキュイキュイと鳴っている。
これは別に廊下に生命があるとかではなく、単純に古いからだ。
夜中に歩くと周囲の静けさと相まって実に不気味な音であるので
普段はなるべく音を立てないように歩いている。
自分の住んでいる家は他と比べて古いという事に気づいたのは中学に入った頃だった。
どうも爺さんが言うには古くからある由緒ある家系だかららしいのだが
年寄りにありがちな自慢だろうと思って聞き流したのでほとんど覚えていない。
......今日は思考がそれがちだな。
家のことなんて今更だしどうでもいい、部屋にも着いたことだしな。
俺はゲームをするのだ。ゲームを。
頭を振ることで思考を切り替えデバイスの電源を入れる。
縛りプレイはいい。マゾゲーであればなおよい。
そう簡単には終わりが来ないからだ。
マゾゲーは終わらない。