W逃がし
「くそっ…どこ行きやがった…」
夜の街明かりの中。父親を見失ったあたりで、まわりを見回すゆうき。
一方ビルの影に隠れ、離れた場所からの息子の
「ちっくしょー…」
という嘆息が聞こえ、見つからないかの焦りと、逃げまくりな罪悪感を感じながら、佇む父。
息子は耐えかねて、大声で
「クソオヤジーーー!!!」
と叫ぶ。
何事かと周りの通行人が驚いて目を向けたり、気が狂った人でも見るような目で見たり。
ハゲ:叫ぶなバカ!!
ゆうきは肩を落とし、Uターンして、とぼとぼと歩き始める。
「ったく…俺が4度も逃がすとは…逃げ足だけは一級だな…」
そう、何度も見つけては、逃げ足にまかれている。
それを聞いてハゲ。
うぅ…情けない…。逃げ隠ればかり…。出ていくか…。
自首覚悟。
ゆうき「次こそ捕まえてボコボコにして吐かせて(白状させて)やるからな〜〜〜…」
ハゲ:やっぱりやめよう。
トコトン情けないオヤジでした。
カラララ…
シューーン…と縮こまったように、最初の意気はどこへやらで店に戻ってきたゆうき。
厨房に入ると、店長はフライパンを振って、中のチャーハンらしき何か料理を、ジャッ ジャッ とふるい混ぜながら、こちらを向かずに問うてくる。
「おう、どうだった?新人」
「ダメっした!!すみません店長!!クビなりなんなりしてください!!」
店長は、少し考えてから、
「今回は許す。お前のオヤジさんも、もうここには来んだろう」
ゆうきがまた追いかける事態にはならないということだ。
「だが一つ貸したと思え?俺が呼び出したときは真夜中でも飛んで来い。いいな?」
ゆうきはビッ と敬礼し、
「うぃす!あざす!!」
と応じる。
翌日。
「くあ〜〜〜」
と布団から起きて、あくびしながら伸びをするゆうき。白い透けのカーテンから洩れるまばゆい光と、スズメのさえずりが朝を告げる。目覚ましの時刻は6時15分。
ゆうきはカレンダーに目をやる。
今日の日付は1月10日。父親を捜しに東京へ来てひと月が過ぎていた。
「つーか金ねーの親父捜すからじゃん。」
(今更きづくか。)
服を着替えながら
「捕まえたらまず金を請求してやる」
とひとりごちる。
ラーメン屋は8時からだし、少し散歩すっか…と、カーテンを開き、外を眺めた。
!?
(ゆうきの住むのはアパートの2階の部屋)
見覚えのある姿形の中年男性が、歩道を歩いているのが見えた。
昨日の親父のツレ!!というかただの上司?
2階(上)から見下ろす形なので、余計なものまで見える。
「ハゲてんな…オヤジほどではないが」
…と、余計なことを考えている場合じゃない。
「どこの会社にいるのか、これでわかるぜ」
と、部屋を後にし、急いでアパートの階段を下りる。
!!
下りきって、小ハゲメガネはすぐ見つかるが、彼は道路脇で手を挙げていた。
タクシーを拾う気だ…!!
まずい!と思っていると、恐ろしい速度でやってきたタクシー(よく捕まらねぇな!)が、恐ろしいブレーキ音であっという間にメガネの真ん前ピタリと停まると、恐ろしいほど間髪置かずに扉が開く。
そしてメガネは「よいせ」とか言いながらのったりと後部座席に乗り込むが、タクシーの挙動がいちいち素晴らしい。
「まてコラ!!」
(待つわけねーだろ叫んでも)
ゆうきはタクシーの後ろのトランクに掴まるぞ!という気で跳んだが、タクシーは一言、
ブォン!!
と言い放ち、臭くてモクモクとした、黒い煙を彼の顔にぶちまけると、タイヤをギャリギャリ言わせながらものすごいスピードで走り出した。
トランクに掴まり掛けてスカしを食い、黒い顔で黒い地面と、顔ごと 痛すぎる初キスを交わし、一瞬体がこわばりついたが、
「ぬ゛ん!!」
と、怒りで(というより鼻血で)赤に染まった顔を、標的;タクシーに向ける。
彼は ドオオウ !!と走り出す。これでも高校では3年間、長距離短距離、地元の県では彼の右に出る者はいなかったほどの駿足である。走っている様はまさに鬼神!凄い速さだ…!!
しかし…10秒後には、ゆうきのビジョンは、どこまでも続く砂漠、水平線に沈む大きな夕陽。その夕陽の中に、砂煙を舞い散らしながら猛スピードで遠ざかるタクシーのシルエット。俺は砂漠のど真ん中に、
「追いつけるワケないよね(笑)(泣)」
…と自嘲しながら、息も切れ切れ立ち尽くす…というものだった。(うん、もちろん、空しくなった彼の状況のたとえだからね?勝手に別世界に移動したとか思わないでよ?)
ちっ
金があればタクシーで追っかけるのに…
と、片手は鼻血を拭い、片手は骨をポキポキいわせながら、悔しそうに去った方向を見つめるゆうきでした。
つづく。