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とある王女の恋物語・番外編

策謀の国の王子

作者: 藍田 恵

ハーヴィス王国のステファン王子視点です。

 峡谷きょうこくを境に、我が国とあの国の資源には雲泥の差がある。

 豊富な鉱脈の代わりに、作物を育てることには向かない痩せて凍てついた土地と曇りがちな天気が我が国の特徴となっていた。

 特に冬場の寒さは厳しく辛く、毎年数人の死者が出る。

 対して、あの国は年中温暖な気候で緑に溢れている。

 あまりにも不公平ではないか。

 一時、友好を申し出たこともあったらしいが、その話は瞬く間に消えた。

 あの国を訪れた使節達が、こぞって移住を希望したからだ。

 国民がいてこその国家だけに、その代表たる大臣達の流出は何としてでも防がねばならない。

 過度の友好は自国の首を絞めることに繋がる。


 かつて我が国に深刻な飢饉が訪れた時、あの国は援助を申し出てくれた。だから、その恩義を忘れる訳にはいかないことは分かっている。

 だが、交流は最低限に留めておかねばならない。

 赤子の誕生祝い程度なら、大臣を使いに遣ればいい。

 しかし、戴冠式となると国王が出向かなければなるまい。本来なら父が出向くべきところだが、今回は私が行くことになった。

 父は私に、あの国の王女と婚姻関係を結ぶことを希望している。

 食糧が手に入りにくい我が国では、食料品やその代替品の価格が常に高騰している。

 エルマ王女との婚姻が決まり、リブシャ王国から安定した食糧の供給を受けられるようになれば、我が国の暮らしはもっと楽になり、更に発展することも可能だろう。

 それにあの国は保養地として勧められるくらいだから、妹姫もあの国で療養出来れば健康になれるかもしれない。


 久し振りに妹姫と一緒に茶を飲んでいると、姫はこの時を待ち切れなかったとでも言いたげに身を乗り出した。

「ステファンお兄様。こんどリブシャ王国へ行かれるのですって?」

「誰から聞いた」

「侍女から聞きました。羨ましいです。わたくしも行ってみたい。綺麗な国なんでしょう?」

「…お前がもう少し、元気になったらな」

「お兄様はそればっかり。そう言われることは分かっていましたけれども。でも、国だけではなくて王女様もとても美しい方だと聞きました」

「そのようだな」

 正直、王女の美醜などどうでも良い。肝心なのは、王女が我が国にとってぎょし易いかどうかだ。

 婚姻が決まったとしても、出来ることなら自国を離れたくはない。

 この妹姫は幼い頃より体が弱く、気も弱い。

 王妃の娘なのに側室達の娘よりも遠慮がちなくらいだ。

 私と同じ金髪と緑の瞳をした、年が8つも離れた妹は体も小さく、実際の年齢よりも幼く見える。

 体のこともあるし、政略結婚で外国に嫁がせるようなことはせずに自国の貴族へ降嫁させて目の届く所で暮らして欲しい。

 だから隣国の王女と結婚はしても別々に暮らし、お互いの国をそれぞれ統治しながら時々協力していければ都合が良いのだが。

 だがさすがにそれは、現国王が良しとしないだろう。

 しかし、王位が王女に譲られればそれは可能だ。父の高齢を理由にして帰って来てしまえばいい。

「…お兄様。お願いがあるのです」

「何だ」

「あの国の王女様と、結婚して下さい。わたくし、優しいお姉様が欲しいの」

「王女が優しいと、なぜ分かる?」

 意地が悪いと分かっていても、つい聞いてしまう。

「美しい方はお優しいに決まっています。神様から美しさという祝福を受けられているのですから」

「では、お前の姉達は醜いのだな」

 砂糖菓子のような妹と比べれば、宮廷にいる女達はほぼ霞む。何度か義妹達の妹姫に対する態度を目撃しているが、あまり妹を可愛がるという様子ではなかった。

「そんな…」

 妹姫は困ったような様子で、目線をうろうろさせた。

「冗談だ。ただ、美しくても冷たい王女かもしれない。人は見た目ではないから、過剰に期待しては駄目だ。それに、もし王女がお前に冷たくするようなことがあっても、私が王女からお前を守ると約束する」

「きっと、優しい王女様です。だって…」

「だって?」

「お兄様の妃となる方は、優しい方でないと困ります」

 優しいのはお前だ。

 私は姫の金髪をくしゃくしゃと撫でる。

「あっ、ひどい。せっかく綺麗に梳いてもらったのに」

「お前の髪はいつも綺麗だ」

「お兄様、今日はなんだか意地悪です」

 そうかもしれない。少なくとも二十歳はたちの兄が妹にとる態度ではないだろう。

 戴冠式のことで神経質になっているのだろうか。

 正直、成人したばかりの王女のご機嫌取りなど御免蒙るが、私には王子として国を発展させていく責務がある。

 …婚姻以外の方法も、あることはあるのだが。

 王女の婚約相手ともくされているワイルダー公国の王子の出方によっては、そちらの方法を取らざるを得ないだろう。

 どちらにしても、あまり気の進むことではないが…。

「お兄様、お土産を買って来て下さいね」

「何が欲しいんだ」

 カップの茶を全て飲み干して妹姫を見ると、姫は頬を紅潮させて目をキラキラさせていた。

「わたくし、お義姉ねえ様達がお話ししていた、木苺のジャムが食べてみたいのです! お茶に溶かして飲むと、とても美味しいそうなんです。高級品だから我が国ではなかなか手に入らないそうなんですが、リブシャ王国では庶民も食べているんですって」

 工芸品か何かを強請ねだられると思っていたのに、甘い食べ物が欲しいとは…。最近は口調が大人びてきたから寂しく思っていたが、まだまだ子供なのだな。

「? 何が可笑しいのですか?」

「いや…。私も何度か食べたことがあるが、確かにあれは美味い。…それだけでいいのか?」

「はい」

「分かった。忘れずに買ってこよう」

「ありがとうございます、お兄様」

 嬉しそうに微笑む妹姫を見て、私は頷いた。

 これからのことを考えると、その微笑みが私にとって唯一の救いだった。

ステファン王子はシスコン気味。

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