I ~epilogue~
緑で溢れる執務室には、芳しい花々に不釣り合いな蝙蝠が引っ切り無しに飛んでいる。開け放たれたガラス窓から、換気用の小さな窓口から、黒蝙蝠、青蝙蝠、紅蝙蝠に黄蝙蝠に、その種類も様々だ。エリアスが執務室に入った時にも、ドアを開けた瞬間に三匹ほど脇を擦り抜けていった。部屋の中では、キイキイと蝙蝠の甲高い鳴き声が絶えず響いている。
その主といえば、中央にあるデスクに齧り付くようにして慌ただしく手を動かしている。床には書類の束が積み重ねられていた。エリアスは向かいのソファーに腰掛け、悠々と凭れたまま、顰め面のガンナを面白そうに見詰めていた。
「後始末が、大変そうだな。ハーブティーでも淹れてやろうか」
クスクスと笑いながら、エリアスはカップなどを納めたキャビネットへと立ち上がった。
「長官思いの部下だこと! いっそのこと、この始末書を燃やしてくれ!」
不機嫌そうなガンナの視線を背後に感じながら、彼の言い草にエリアスは肩を竦める。
「そりゃあ……あれは、女神の意にそぐわないことだったんだろ。神界の闘技場での騒ぎは、世間じゃ軍事局の独断だったなんて言われてんだぜ」
「ウソだね、陛下だって面白がってたくせに! あんにゃろ、いつもああやっていい子ぶるんだ、昔っからそうだ。女神には頭が上がらないんだ」
手を止め、再びぷりぷりと怒り出したガンナに、エリアスはまあまあ、と穏やかに声を掛けた。だが、笑みは抑えられない。自分であれほど神界を刺激するようなことは控えるようにと言っていたはずなのに、結局、我慢できなかったのか。そう思うと、おかしくて仕方ないのだ。
「アンタらしいよ」
エリアスは微笑みながら、ガンナのマグカップをデスクに置く。そして代わりに、彼の肩に止まっている黄蝙蝠を二匹、手に乗せた。
蝙蝠はエリアスの肩へと移動すると、耳元でチイチイと鳴いた。エリアスは自分用に淹れたハーブティーを啜りながら、真剣な眼差しを浮かべた。
「フヴェルゲルミルの、ボリスが失踪したらしいな」
氷河の地の南に、病死した死者たちが暮らす地がある。それは大きな湖に浮かぶ町で、かつて中津国で病に臥せた人間たちが傷を癒す為の地だ。そこはフヴェルゲルミルの泉とも呼ばれ、泉の水はあらゆる病、傷を癒す魔力があった。病死した死者の魂は、冥界へ着いたらまずそこへ案内されるのだ。そして、その人間たちの管理指導責任者が王都医術局のボリス次官だった。
エリアスは報告を済ませた蝙蝠に、デスクの上にあるクッキーを渡してやり、外へ放した。考え込むように、ソファーに腰を下ろす。ガンナは書類にサインをしながら、視線だけをエリアスに向けた。ほんの少し呆れたような顔をしている。
「ボリスの野郎、前にもあったな……どうせミズガルズだろう。また迎えに行ってもらえるか?」
「そうだな……こっちは任せろ」
ガンナはぼりぼりとクッキーを齧りながら、うん、と頷いた。彼の肩や腕にしがみ付いている蝙蝠たちはガンナの口元を見詰めながら、恨めしそうな声を出した。デスクに常備しているクッキーは本来、伝達蝙蝠への報酬だった。
空になってしまったクッキーのカゴを見て、飛び回っていた蝙蝠たちは一斉に鳴いた。まるでガンナを責めるような迫力だ。
ガンナは素知らぬ顔のまま、書類にペンを走らせた。
エリアスは苦笑を漏らしながら、キャビネットから新しく彼らのクッキーを出してやった。