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G

 冥界と巨人の国との境目に、闇のエルフが住む闇穴(スヴァルトアールヴヘイム)がある。古来よりエルフは神界にも冥界にも、その他のどの種族にも属さない中立の立場を保ってきた。だがその昔、ある神の不興を買ったエルフが神界を追放され、その子孫がこの闇穴に移り住んだという。優れた刀鍛冶の一族だった。

 蘚苔類に覆われた林床は滑りやすく、ごつごつと剥き出しになった岩肌は侵入者を拒むかのようだ。そこを何とか踏み締めながら、エリアスは鬱蒼とした緑の先にある洞窟を目指した。木立の隙間から、うっすらと夕日の光が差し込む。冥界には昇らない太陽の光に、エリアスは軍帽を深く被り直した。湿度が高く、むっとした空気に満ちている。

「軍事局のエリアス次官ですね。……話は聞いています。どうぞ、奥に工場(こうば)があります」

 銀色の髪に尖った耳、青い瞳は水晶のように煌めいている。洞窟の入口に立っていたエルフが、エリアスを奥へと促した。一歩中に入ると、冷気が体を包み込む。どこからか、零れる雫の音が反響している。エリアスは辺りを注意深く見渡しながら、足を進めた。

 洞穴内の岩肌はうっすらと濡れ、表面は藍色に光っている。外界の光が差し込まないというのに、ぼんやりと浮かび上がるように見えるのには、エリアスも不思議に思った。岩自体が発光しているようだった。この空間はエルフのまじないに満ちているのだろう。

 エリアスはどこからともなく視線を感じた。柔らかく吐息を吹きかけるように、はたまた面白がって笑っているかのように、その視線はエリアスの後を追う。ほんの少し居心地の悪さを感じながらも、エリアスは毅然と前を向いて、微笑を浮かべた。体を寄せ合い、ひそひそと噂話をするように顔を突き合わせ、そして時折ちらとエリアスを見詰める少女たちの姿がうっすらと蒼く輝く壁面に映って見えたのだ。

 もとより、エルフは悪戯好きの妖精だ。森に住み、木々を茂らせ、花を咲かせ、実をつけさせ、四季を巡らせる。エルフのまじないの力はあらゆる生物を生かし、そして容易く破滅にも導く。それは悪魔にも神にさえも敵わない特別なものだと、エリアスは聞いている。

「私どもは決して、あなた方悪魔の味方ではありません。ですが神の味方でもありません。ただ――私どもの腕を真に評価して下さる方には、それ相応の礼儀を尽くします」

「ええ、承知しております」

 細長く永遠に続くような道を進むと、薄暗く深海に沈んだように蒼い空間から一気に拓けた場所に出る。天井は高く、ずっと上の方からいくつもの鍾乳石が垂れ下がっている。そこを照らす温かみのある松明の光に、エリアスはようやくほっと吐息をついた。パチパチと薪の爆ぜる音が軽快に鳴っている。そしてそこに、鉄を打つ音だけが重なり響く。燃え盛る炎に魔力を与える者、鉄を打ちながら鋼鉄のまじないをかける者、磨き上げた剣に守護のまじないを込める者。一本の剣を仕上げるのに、何名ものエルフが携わっている。そして出来あがった剣に、一族の誇りを刻む者――…辺りのエルフとは異なり、白髪の老練のエルフが、エリアスの姿に気付き、顔を上げた。美しい顔立ちをしているが皺の浮かび上がった顔に、力強く透徹した輝きを放つ眼差しは、推し測れない何かがある。一族の長だろう。油断してはならないと、エリアスは視線を交わして瞬時に覚った。

「これが例の剣です」

 恭しく跪くと、エリアスは懐から預かっていた巻物を取り出し、地面に広げた。小さな布地には、中央に特殊な魔法陣と細かな呪文が描かれている。エリアスはその上に手を翳し、金糸で縫い付けられたような細く煌めく文字を指先でそっとなぞった。

 輝かしい光と共に現れた幾本もの黄金の剣を、エリアスは差し出す。――空間移動の魔術だ。多くの優秀な魔術師が所属する王都呪術局が施した結界の内に、例の一件で冥界中に残された剣が納められている。

 あれから呪術局の魔術師たちが一斉に、黄金の剣を集めに冥界中を駆け回ったのだった。

 白髪のエルフは厳しい顔付きを変えることなく、黄金の剣を手に取り、剣の切っ先から柄の先までじっくりと眺めた。魔物でないエルフにとって、神の剣はただの剣だった。神の気を浴びて、その肌を爛れさせることもない。剣は松明の炎を容易く跳ね返し、ぎらぎらと輝いている。

 エルフは、なるほど、と静かに口を開いた。

「確かに、受け取りました。話にあったような細工を施すには、……この量では三日三晩掛かるでしょう」

「仕上がる頃にまた、参りましょう」

 鋭いながらも慇懃な眼差しに、エリアスは頭を垂れて、頷いた。


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