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A ~prologue~

「エリアス、気を鎮めて。ほら、ハーブティーを淹れてあげるよ」

 冥界(ヘルヘイム)王都(エーリュズニル)にある軍事局に勤めるエリアスは、デスクに座るガンナの暢気な顔を睨め付けた。その鋭い視線を物ともせず、ふわふわと揺れる金髪を撫で付け、ガンナはいそいそとティーカップを用意している。エリアスはああ、と吐息をついて、頭を振った。

「なんだってあいつらは、罪人の魂を持っていっちまう。ルール違反だ」

 ガンナの執務室には所狭しと植物が植えられている。緑と土のにおいに、小川のせせらぎの様な水音が響き、噎せ返るような生温かい空気――これではまるで温室だ。業火をあしらった真紅の軍服を着込んだエリアスには、暑苦しくて仕方がない。神界(アースガルズ)選別人(ヴァルキューレ)への怒りが、ますます燃え上がるようだった。そんなエリアスへ、ガンナは白いカップを差し出す。眠気を誘うような甘い香りが漂うそれは、彼の特製ハーブティーだ。

「ああ、そういえば最近多いみたいね、そういう報告。情報局もピーピー喚いてたな」

 無理やり押し付けられたカップを見下ろして、そういえばじゃないだろう、とエリアスは顔を顰めた。部下たちが提出している報告書はおそらくその役目を果たしていない。エリアスは急に激しい頭痛と胃痛に襲われた気がした。こんな悪魔が軍事局の長官でいいのだろうか、という疑問も浮かぶ。しかし、決して仕事が出来ない奴ではないのだ。それはエリアスが一番よく知っている。

「ここ何カ月か、奴らはあからさまだ。どういうつもりか、分かりゃしない」

「奪われた魂は、どんな人間たちの?」

「あん? そりゃ強盗、殺人、詐欺…処刑された者から罰を逃れて死んだ者、罪人を手当たり次第って感じだな。神の加護があったとしても、神界に入れるような人間じゃない」

 エリアスの仕事は軍隊の指揮の他に、死者の魂を冥界に案内することだ。天上の神界と地下の冥界との中間にある中津国(ミズガルズ)に住む人間は、神や巨人、魔物と違い死を免れない存在だ。その中でも罪人や悪人、病死した人間たちの魂を迎えるのが冥界で、それ以外の魂は神界に向かう。その神界には強力な門番がいて、罪人や悪人は入門を許されないはずなのだ。

「それとも、最高神(オーディン)の意思なのか…?」

 だからこそ何か善からぬことが起こるのではないかと、エリアスは不審に思っていた。今でこそ神界と冥界は小康状態を保っているが、神々と魔物はもともと相容れない存在だ。争いの度に多くの天使や悪魔が消滅し、国が滅んだ。

「何もなきゃいいんだけどな…」

 これが杞憂に終われば良いが、降り掛かる火の粉はそれが“予感”の内であっても払わねばならぬし、冥界の秩序を守るのは軍事局の役目だ。

「ふうん、お前がそこまで言うなら……俺も上に確認してみるよ。だけどこの件、はっきりするまではくれぐれも先方と問題は起こさないように。後始末するの面倒なんだあ。みんなにも伝えておいて」

 すっかり冷めてしまったハーブティーを一息に飲み干すと、エリアスは返事の代わりに肩を竦めて、執務室を後にした。

「エリアス次官、ただいま戻りました。罪人サムエル、シモンの二名、収容完了です」

 罪人や悪人は魔王の下で裁きを受け、冥界最果てにある氷河の地や灼熱の地で労働を科せられる。稀に、人間たちにも住み易い王都で労働を科せられる者もいるが、人間を食す魔物に襲われる危険が伴うため、希望する者は少ない。

 氷河の地から戻った部下に、エリアスはご苦労さん、と一声掛けた。

「今日はもう帰っていいぞ。急ぎの仕事はないから」

 エリアスの下にやって来てようやく一年経った新米のリオは、黒い軍服に防寒用の手袋と帽子を身に付けていたが、顔はすっかり青褪めてがたがたと震えていた。垂れ下がった鼻水が凍っている。エリアスは溜息をついて、その垂れ下がった部分を取ってやった。


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