5年間
5年間
結婚式―――それは人生の一大イベント。
花嫁にとっては、人生で最も輝き、たくさんの人から祝福される時。
―――私、リラも、明日その時を迎えようとしていた。
相手は隣町の大富豪のシモン伯爵。
どうして大富豪のシモン伯爵がこんな農村の牧場に住む
私を見染めたのか分からないけれど・・・・本当に誠実で素敵な方だ。
こんなに素敵な人をパートナーとして向かい入れて、
村の人や友人たちからも祝福されて――――
そう、まさに人生で一番幸せな時・・・・のはずだ。
だけど―――私の心には少しだけひっかかるものがあった。
「まだ起きていたのかい?」
母がリビングのテーブルに座っていた私に声をかける。
「うん、ちょっと眠れなくてね。」
「・・・・ねえ、リラ。やっぱり無理してないかしら?」
母は心配そうに、私の目の前の椅子に腰掛ける。
「何言っているの?」
「だって、貴方は・・・・ずっと待っていたじゃない。
それなのに・・・急に結婚とか言い出して・・・・・。
もし、私の病気が原因なら、今からでも止めた方が―――」
「そんなことないよ、お母さん。
シモンさんはとても素敵な方。私にはもったいないくらい。
だから・・・・今、私は幸せなの。」
私は自分に言い聞かせるように笑顔を取り繕ってみせる。
母が言っていることは分かる。
私は、ずっと前からシモンさんとは別の人に恋をしていた―――
それは、小さい頃からずっと一緒にいたアルノルドだ。
彼は、父の友人の子供で、小さい頃、家事で両親を亡くし、
家に引き取られることになった。
最初は、口も態度も悪いアルノルドとよく喧嘩をしていたけれど、
いつしか、時間が経つうちに、お互いがお互いを異性として
意識するようになったと思う。
・・・・・二人共、素直になれなかったから言葉には出さなかったけれど。
だからなのだろうか、あれは15歳の時、
アルノルドが突然「ドラゴンを退治にしに行く」と言いだしたのだ。
彼は確かに、村一番の剣の達人だったし、強かった。
だけど、私たちは猛反対した。
数々の名の通った剣士が倒せなかったドラゴンを倒すなんて
無謀と言ってもいいような挑戦だからだ。
だけど、アルノルドは旅立ってしまった。
何も言わずに、ある日突然、いなくなっていた。
「いってらっしゃい」
「頑張って」
「絶対に帰ってきてね」
行くと分かっていたなら―――伝えたい言葉がたくさんあったのに―――
それらを伝えられないまま、彼はいなくなってしまったのだ。
彼がいなくなってから、私は彼を待ち続けた。
1ヶ月が過ぎ、1年が過ぎ・・・・彼からの連絡は全く無かった。
それでも私は、彼が帰ってくることを信じて待ち続けた。
―――でも、彼はとうとう帰ってこなかった。
明日、私はもう・・・・この家からいなくなるというのに・・・・・。
結婚を決めたのは、母の病気が原因だった。
彼がいなくなって、4年目の春、母は重い病気にかかってしまった。
治療には・・・たくさんのお金が必要で・・・・
それは、とても、農村の牧場の家では払えないような金額。
その時、私は友人の付き合いで参加したパーティで
偶然シモンさんに見染められて、猛アタックを受けていた。
シモンさんから、猛アタックを受けていても・・・・私はアルノルドを待つ気でいた。
10年経っても、20年経っても、おばあちゃんになったって。
でも―――日々弱っていく母を、私は見捨てられなかった。
だから―――結婚を決めたのだ。
結婚を決めたことに、後悔はない。
シモンさんは素敵な人だし、とても私に優しくしてくれている。
皆が私を祝福してくれる。
母だって、病気が治る。
そう、私のこの気持ちさえ封印してしまえば・・・・・皆が幸せになれるんだ。
「ほら、早く寝なよ。明日は早いんだから。」
「そうね・・・。リラも早く寝るんだよ。」
そう言って母は寝室に戻った。
私はキッチンでレモネードを作って、再びリビングの椅子に座る。
暖かいレモネードが体に染み込んで、気分を落ち着かせる。
―――結局、最後まで、あいつが帰ってくることはなかったな。
今までのアルノルドとの思い出が走馬灯のように駆け巡り、
私は不思議なくらい穏やかに、初恋の終わりを受け入れていた。
アルノルドがいなくなったときは、この世の終わりかと思うくらい泣いたのに・・・・。
―――私も、新しい恋に向かって歩き始める時なのかな。
シモンさんは素敵な方。柔らかくて暖かい家庭が築けたらいい。
このレモネードを飲み終わったら、明日に備えて寝よう。
明日は結婚式。人生の一大イベント。
色とりどりのフラワーシャワーと晴れやかな笑顔に囲まれて、
私は明日、純白のドレスを着る。
END