第91章「変わらないもの」
少しだけ付き合って欲しい。
その言葉に従い、好子は美乃理の後を歩いた。
川の土手を歩き続けていると、最初はすれ違う学生たちの中に、正愛学院の生徒の制服をちらほらみかけたが、それ以外の制服がちらちら見えるようになった。
と――。
美乃理は土手から川縁へ降りる。
「好子ちゃん、こっち」
この辺りの川縁は広いので、公園や野球場、サッカー場などが連なっている。
草もよく手入れされていて、子供たちも野球をしたりしている。
スポーツや運動にちょうどよい場所だった。
「いっち、に、さん、し」
数人のかけ声が耳に届いた。
「!?」
「ほら、バランスに気をつけて」
「体が曲がってるよ」
いちいちはい、という返事の声が聞こえてくる。
そのかけ声の元を辿ると、何人かの少女たちが集って練習に励んでいた。
好子にも見覚えのある光景だった。
手拍子にあわせてステップを踏む。
「あれは……」
好子にもわかった。一見するとダンスか何かの練習と区別はつかないかもしれないが、バランスや足さばきが、特徴的だ。新体操部の練習だ。ステップを合わせる練習をしている。
「わかった? 好子ちゃん」
美乃理の目的はどうやらここだと好子は理解した。
新体操の練習であるが、顔は知らない。正愛の生徒ではなかった。
別の学校のジャージや体操服を着ている。共新中学――。背中にその名前が刺繍されていた。
「あの子たち、共新中学の子よ」
やはり……。
どことなく、垢抜けない感じを受けた。
痩せ形の子ややや太め――身長の低い子がいて、練習の熟達度もまだまだ――。
姿勢やバランスリズムなどのずれがあると、すぐに的確な指示が飛ぶ。
いかに正愛の新体操部が洗練されているのかが、わかる。
こちらは、全体にのびのびとしていた。だが、練習は真剣だ。
そして楽しそうにしていた。
「さあ、あともう少し――あ……」
美乃理たちが声をかける前に、その中の一人の女子生徒、リーダー役と思しき子が美乃理と好子の姿に気がついた。
「あ、みんな。ごめん、ちょっとあたし、用事があるから、少し外させて。練習は続けてて」
その女子は、一端練習を止めて、練習仲間に一声かけた後、美乃理の方へと走ってきた。
「美乃理ちゃん!」
件の少女は二人にかけよると、名前を呼んだ。
つまり、美乃理の知り合いということだ。
そのおかっぱ頭を少しのばしたような髪型――。
おそらく新体操をしてきたと思われるすらりとした体型は、美乃理の新体操を通じた友達らしい雰囲気を醸し出していた。
自然、好子は姿勢をただし居住まいを改めた。
「ごめん、無理いっちゃって……」
「ううん……ぜんぜんいいよぉ」
親しい間柄であるのは明白であった。
残された他の共新中学の生徒たちは、何事かとをこちらに視線を送る。
「ほら、みんな、練習練習!」
指導役の女子生徒らしきその子は振り返る。
「きゃあ、正愛の御手洗さん!?」
「うわー、すごいあえると思わなかったあ」
遠巻きの声が聞こえる。
美乃理とその少女は気にしない。
「久しぶり! 美乃理ちゃん」
美乃理の手を取った。
「もう、先週会ったばっかりでしょ?」
「でも平日に会うなんて最近なかったらからねぇ。お互い忙しいし」
親しく会話をするところが二人の仲を伺わせた。
「それで、お願いごとがあるんだけど――」
そしてすぐに話題に移った。
「うん、わかってるよ。例の件でしょ?」
「相変わらずね、美乃理ちゃん」
「あの……」
「あ、お互い紹介が、まだだったね」
「この子は好子ちゃん、うちの新体操部の一年なの」
「よろしくね」
自然な笑顔を浮かべる。少女の朗らかさは天性のものらしい。
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
明るい笑顔が警戒と緊張をほぐしていく。
「好子ちゃんのこと、聞いてるよ。新入生で凄く頑張ってる子がいるって聞いてるから、一度会いたかったんだ」
向こうから語りかけてきた。
「え? なんで……わたしのことを……」
「ごめんね、ちょっと好子ちゃんのことを彼女に、しゃべっちゃってたんだ」
そして美乃理は好子に、その少女を紹介する。
「彼女は楢崎忍さん。シノちゃんって呼んでる、あたしの小学校時代からの友達なの。小学校の頃からの親友で、同じ新体操クラブで――それから、共新中学新体操部部長なの」
「よろしくね、好子ちゃん」
「は、はい」
屈託のない笑顔を向けられると、好子も思わずつられて微かに笑いながら返事をした。




