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第85章「試練③」

 その日、美乃理は昼食をとりつつ、ため息をついた。

 美乃理と女子数人で机を囲んで弁当を食べている時に、一人が携帯電話スマホの画面を取り出して皆にみせる。


「ねえ、これすごい面白かったよぉ。泣いちゃったよお」

「あ、これ、今度ドラマ化されるんだよね」

「わたしも感動した」


 一同はネットで流行っている小説の話題で盛り上がっていたが、美乃理の耳には貼っていなかった。

 頭にあるのは、好子のことであった。

 休み時間に目撃した不穏な気配。これは……女子特有の足の引っ張り合い。

 既に各方面から、徐々に情報が入りつつあった。

 女子のネットワークは早い。

 恐らく部長の耳にも入っているだろう。


 そういえば今朝も、全員が集まったところで、始めた基礎練習の時。

 全員でかけ声を会わせながら、体や足をまげたりステップや足をあげる。

 黄色い声が合わさり、響く。

 その中で明らかにリズムに合わせられず、遅れをとるのが好子だった。

 苦笑する二年生や三年生部員。

 床にぽたぽた汗が垂れていて露骨にしかめ面をする一年生がいる。

 座り込んでしまっていた好子に美乃理が手を差し伸べた。


「ほら、大丈夫? 好子ちゃん」

「す、すいません……」

 美乃理が手を貸す。その視線に殺気を感じるようになった。

 視線に気づいた好子が、はっと気づいてすぐに手を離した。



「ね、今度の日曜日、遊びにいかない? 美乃理はどう?」


 同級生の声にはっと引き戻される。 


「あ、あたしは練習があるから……」

「もう、新体操ばっかり考えてたら世間ずれしちゃうよ?」

「ほんと、新体操部の子は大変ねえ」

「朝練、昼練に、休日も練習でしょう? せっかくの学生生活、楽しみたいもんだけどねえ」

「ほら、これ貸してあげるから」


 今週発売されたばかりのファッション雑誌だった。

(帰った後にみよう……)

 女の子のグループは属している間で様々な情報を共有する同志。

 女子の同調圧力は強く――既に何年も過ごしてきた美乃理にとっても疲れるとこはある。

 ただ、今美乃理が親しくしている子たちは、押しつけがましい子はいない。

 苦にならない仲間を見つける技術もなんとか身につけている。

 一度間違えてしまい。仲間外れ、陰口、特有の意地悪が行われた。その度に忍が助けてくれた。

 加えて新体操クラブの有力選手ーーという立場も助けてくれた。嫉妬もあるが、やはり一目置かれる。

 最初の戸惑いも大きかったが、可愛い愛らしいで許された頃が昔に感じられるほど懐かしかった。


 


 そして午後も事態は悪くなっていた。

 この日は設備の点検が入り、急きょいつも使う練習場の体育館のホールが使えなくなったので、離れた場所にあるホールに変更になった。

 練習道具を移してやや遅れて練習を開始。

 上級生の指示を受けながら一年生が準備を手伝う。


「あれ? 好子ちゃんは……」


 練習が始まったころ美乃理は気付いた。

 放課後からの練習は、授業終了がクラスによってばらつきがあり、最初は三々五々あつまって、各自練習を始め、その後に一度点呼をしてから始める。 


「誰か何か聞いてない?」


 首を傾げるだけだった。


「え? まだ来てませんね」


 一年生同士でなにやら目配せして、くすくすという声とあまり心地よくない笑顔が口元にあった。


「じゃあ、柔軟を始めるよ」


 気になってはいたが、そのまま練習に入った。

 20分後、好子はしばらくしてからやってきた。

 まだ制服姿のままであった。


「すいません、変更があったの知らなくて」


 好子の後ろからぬっと一回り大きな身長の人影が現れた。


「この子、なんか渡り廊下のあたりうろうろしてるから、捕まえてきた」


 清水敦子であった。


「あ、ありがとうございます……清水先輩」  


 好子は敦子に頭を下げる。


「こら、一年。誰か伝えなかったの?」


 三年生の高梨も伝達のミスを咎めた。


「え? あたし知らない」


「えー、伝わってると思ったんだけどな」


 一年生たちに問い詰めて要領を得ない。責任の押し付け合うだけ。

 わかっている。女子のこういうときはどこまでいっても、らちがあかないのだ。


「もう、何をやってるの。きちんと伝えないと駄目じゃない!」


 高梨の怒りの声が飛ぶ。


「とにかく、着替えて練習を始めなさい」


 何をしたら良いのかわからない様子でオロオロする好子。

 誰も一年生が動かない。

 美乃理は、大久保藍子に目くばせした。


「こっち、こっちで柔軟をやってるよ? 好子」


 藍子が美乃理の視線に気が付き、ようやく、一年生の練習の輪へ案内する。

 練習熱心で美乃理を慕う第一人者を自称する藍子もやや目が伏せがちだ。

 今一年生では好子の肩を持つことがしにくいという空気が蔓延しはじめているのが察せられる。

 

「ところで、敦子。あなたは純粋な遅刻でしょ」


 そのまま敦子はしれっとやり過ごそうとしていたが、部長は忘れていなかった。

「あれ? 気付きました?」


 部長の意に介さず、しれっと答えた。


「もう、せめていいわけを考えなさい」 


 制服姿の敦子はスカートを翻し、肩で鞄をぶらさげて、さっさと更衣室に向かう。

 通常の練習に縄跳び100回を追加で命じられるが、しれっと始める。

 敦子は何か用事をすませてから、部にやって来ている。

 追求はしなかったが美乃理も疑問に思っているところだった。

 ただ、今は好子の問題が頭の中で割合を大きく占め始めていた。

 


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