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第8章「美乃理(みのり)と新体操への誘い」



 稔が伊藤健一という男子と初めてあったのは幼稚園の時。それから小学校時代は、五年生の時を除いて、ずっと同じクラスだった。

 その頃からクラスの男子のリーダー格的存在だった。

 高学年の頃には、少年サッカーのチームの主将もつとめていた。

 喧嘩も強かった。

 でも誰かをいじめたり、卑怯なことをすることもなかった。

 また、友達がほとんどおらず一人でいることが多かった稔は、小学生時代に何度かいじめられそうな時があったが、その度に止めに入ってくれたのが健一だった。

 そして小学校4年の時のこと。


「なあ稔。おまえ、そんなに足速いならサッカーチームに入らないか? 絶対良い線いくぜ――」


 意外にも足が速いと評判だった稔は健一に、誘われたことがあった。


「え? うん」

「楽しいぜ、ちょうど足の速い奴がうちのチームに欲しいんだ」


 サッカーもドッジボールも嫌いじゃなかった。

 クラスの何人かは、サッカーや野球チームに入ったりして、放課後休日に練習していたのに興味を持っていた。

 その日、家に帰った後、夕食の時に稔は父に頼んでみた。 珍しく、三人が揃っていた。


「父さん、僕、サッカーチームに入りたいんだけど」


 たまたま家にいた父は、読んでいた新聞を広げて動かない。


「母さんに頼んで見なさい」


 それだけを一言呟いただけだった。 

 同じことを母にも繰り返す。


「……みのる、来月から進学塾に入る手続きしたって、いったでしょ?」

「母さん、どっちも頑張るから――」

「でも週4日に土日も試験があるのよ? とてもじゃないけどできないわ。ちゃんと合格したら、好きなことやっていいから、今は勉強に専念しなさい」


 そして、母のいつもお決まりの、この後何百回と聞く台詞を言った。


みのる、男の子は、良い大学出て良い会社に入らないとね」


 駄目だった。

 翌日の学校で、願いが叶わなかったことを健一伝えた。


「そうか、残念だな」


 チーム加入は親に認められず無理だと、告げられた健一はそう一言だけ漏らした。

 サッカーチームへの誘いはこの時一度きりだった。

 そのうちに稔はPCゲームやカードでいつしか一人で遊ぶことを覚えていった。そして、それが体に染み着いていた。

 卒業式、ポツンとしていた稔に話しかけてきたのは、健一だけだった。


「元気でな。学校は違うけどさ、おまえも中学行ったらサッカーじゃなくてもいいからさ、何かやれよ。バスケでもバレーでもいいんだしさ」


 それ以降健一とは会う機会は無かった。

 健一は多分中学に行ってもサッカーをやっただろう。

 そして、受験を終えて健一と別の中学に進学した稔を待っていたのはさらに競争の日々だった。





 そして今、美乃理は再びこの思い出の地、小学校へ戻ってきている。

 しかも女の子となって――。

 忍から手を強く、ぎゅっと握られる。だからこちらも握りかえした。

(そういえば、仲の良い小さな女の子同士ってよく手を繋いでいた……)

 女の子同士のスキンシップに戸惑いながらも、美乃理は、忍と手を繋いでいた。

 仲良く並んだ小さな体、赤いランドセルと黄色い帽子。

 下駄箱では、上履きから靴に履き替えた。


「ほら、ここだよ」

「あ、うん」


 靴入れの場所は、やはり忍が教えてくれた。

 靴は白地にピンクのラインが入ったシューズだった。


(これが、ボクの靴……小さいな)


 これも女の子用の靴。サイズも小さい。低学年の子供用サイズだ。

 女子児童二人は手を繋いで、校門を出て行く。


(うう、スカート……やっぱり変)


 歩く度に、サワサワと揺れるスカートの裾が変な感触だった。

 その上ズボンと違って股間が涼しい。

 美乃理は、少しもじもじしてしまう。自然、細い脚と脚を擦りあわせて内股になる。


「どうしたの?」


 忍が美乃理の様子に気が付いた。


「な、なんでもないよ」

「なにかあったら、わたしに言ってね」


 さっきから戸惑ってばかりの美乃理に、笑顔で返してくれた。

 帰りの通学路は、高学年の子をチラホラいたが、すでに四時過ぎであるせいか、一年生や二年生はみかけなかった。

 美乃理と忍、手を繋いだまま一緒に歩き続けた。

 小学校の脇の通学路を歩き、横断歩道を渡った。初老の男性の交通安全員が旗を持っている。


「さようなら、気をつけてお帰り、忍ちゃん、美乃理ちゃん」

「さようなら、おじさん」

「さ、さようなら」


 おじさん、というよりはおじいちゃんぐらいの年だった。いつもここに立って横断歩道の交通整理をしていて児童一人一人の名前を覚えていた。

 ここを抜けると住宅街に入る。

 その先に大きな公園がある。大きな練習用のグランドや散歩コース、池などがある。夜になると人気のなくなる暗い場所だったが、近道でになるので、みのるが進学塾からの帰り道によく使っていた。

 この公園を抜けて、近所のさらにその先に美乃理の家があるはずだった。稔の時と変わっていなければ――。


「でね、今度、一緒にパパと皆で遊園地に――」

 

 忍は自分のことをさかんに語った。

 忍の家はこの先にあるマンションの五階。

 詳しい住所を覚えていなかった美乃理は案外遠くではなかったっことに内心驚く。

 両親と弟妹の七人家族がいる。

 話を聞くと兄妹、両親とても仲がよい。

 来週も家族そろって出かけるようだった。


「あ、シノ! みのっち!」


 ちょうど公園を横切っている時、後ろから元気な声がした。

 子供サイズの小さな赤い自転車で現れたのは、ボクらと同じくらいの女の子。

 セミロングでストレートの髪型で、緑の短パン、とTシャツはいかにも男の子顔負けの活発な女の子という感じだ。

 自転車の前の駕籠には、タオルと水着が入っていると思われるスイミングバッグが入っている。

 この子、見覚えがあるような……。

 でも名前を思い出せない。


「この子は橋本さやかちゃん――スイミングスクールに週に2回通っているのよ」


 忍は、そっと耳打ちした。

 なんとなく思い出した。

 成績も良く書道で賞を取ったこともあったが特に体を動かすことが好きだった。


「さやかちゃんは、違うクラスだけど、あたしたちともとても仲が良いの」


 忍の救いの手に美乃理は頷く。


「これから帰るんだ、二人とも」


 さやかはペダルに片足を乗っけながら、二人の横に立った。


「うん、二人で日直のお仕事とか図書館行ったりしているうちに遅くなっちゃって」

「それより聞いた? 駅前のショッピングモール、色々お店が続々できてるけど、今度、東京で有名な ケーキ屋さんができるんだって、開店初日は無料らしいから並ばないと……」


 おしゃべりが始まった――。

 二十分ぐらいそこに立ち止まっていたと思う。

 ようやく、終わったのは、「あっスイミングスクールに遅れちゃう……」

と急ぐように自転車をこぎ出してからだった。

 忍によれば、さやかは特におしゃべりが好きで、しゃべりだすと止まらないらしい。 


「そうだ。美乃理ちゃんに、お話ししたいことがあったんだ!」


 突然、思い出したように忍が美乃理の方を向いた。


「え? なあに?」


 忍は繋いでいた手を一旦離し、背負っていたランドセルからおもむろに一枚の紙を取り出した。


「今の、さやちゃんの話で思い出したんだけど……」


 折り畳まれていたその紙を忍が広げる。

 紙はA4ほどの大きさだった。


「ほら、これ!」


 美乃理に見せつけるように紙を掲げた。

 そこには――。


「花町新体操クラブ キッズコースメンバー募集」

と大見出しで書かれていた。


 それほど金額はかけていないだろう。

 紙は、量販店で売っているコピー用紙を使っている感じがした。

 手書きと思われるイラストもある。

 手製で頑張って作ったという感じがありありだ。

 それでも、真ん中にカラーの写真で小さな女の子たちがピンク、青といった綺麗なレオタードを着て笑顔で映っている。

 小見出しにはさらに宣伝文句が踊る。


「美しい新体操の魅力を知ってみませんか?」

「運動が苦手なお子さまも大丈夫」

「見学、体験レッスンはいつでも歓迎」

 

 小見出しには色々なことが書かれていた。メンバーを集めたいという情熱が伝わってくるチラシだった。

 場所は駅前にある複合ビル。

 さっき、橋本さやかが言っていた、ケーキ屋が入る場所だ。

 ショッピングセンターや市民ホール。

 それに加えて、スポーツジムや体育練習施設もできる。

 どうやらそこがレッスン会場のようだ。


「実は、前から気になってたんだ」


 ちょっと前に市民イベントでみかけた新体操部の演技に感動した。

 どうやらどこかの高校の演技だったらしい。

 その演技の美しさ、華麗さに忍は感動したようだった。

 そしてたまたま入っていた新聞のチラシを昨日見つけた。

 この新体操クラブの募集チラシを――


「わたし、ママに新体操クラブに入りたいってお願いしてるの。反対されるかと思ったけど、あんた、運動が苦手だからちょうど良いわねって、パパもOKしてくれたわ」


 美乃理の記憶が突然蘇った。

(そうだ、初めてじゃない。ボクは忍ちゃんが新体操をやっていたことを知っている)

 稔だった時。随分以前に忍が何か運動をやっていることは聞いたことがあった。

 そして確かそれが新体操。今鮮やかに記憶が蘇ってきたのだ。

 嬉しそうに続けて話した。


「でね……」


 少しこっちを伺うようにちらっと一度視線を送った。


「えへへ、美乃理ちゃんも一緒だと……嬉しいなって。美乃理ちゃん、運動得意で、凄く体細くて、綺麗だし。絶対新体操に向いてるなって思うの」


 新体操……。

 美乃理の胸が鳴った。

 まさか――。

 三日月先生。正愛学院。新体操。

 色々な言葉が頭に巡る。

 今日この時、これのためにボクは、この美乃理という少女の姿になってここにいるのだろうか――。

 偶然では割り切れない、運命、いや使命のようなものを感じた。


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