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第79章「新しい日々⑤」

 ようやく一年生の指導が一段落したときには既に日は傾きかけていた。

 そして練習は続く。

 急に、その一年生たちがざわついた。


「見て、御手洗先輩が演技の練習始めるわよ」


 一年生部員達が練習場の中心にもうけられたマットの上に注目する。

 新入部員たちが入部して良かったと感じる瞬間の1つは御手洗美乃理の演技をいつでも見られることであった。

 練習場の真ん中にある13メートル四方の大きさに囲まれた枠は、本番の演技を練習するための場所だった。

 美乃理は新入部員の相手を別の2年の部員に交代し、自分の練習課題に取り組むのだった。

 練習用のレオタード姿で、履いているハーフシューズは激しい練習でやや色も褪せているが、気にしない。つま先にかぶせて踵にゴムを回して固定する。

 その手には一本の縄があった。

 本番さながら最初から最後までつま先立ちを維持したまま――。13メートル四方のマットの中央へ移動する。

 意識を体に集中させる。

 周囲からのざわめきも耳には入るが意識からは外れる。

 本番で流れる曲を頭の中でイメージする。

 優がな表情を崩さず、苦しげな表情は最後まで見せない。

 世界をこの身体と手具で作り上げるのだった。


「凄い、縄が生きているみたい……」


 縄を手や体に絡ませたり、縄跳びのようにジャンプしてくぐる――。

 他の手具に比べて特に足を使う。

 多彩な動きの中で、縄を足の先にひっかけて、線形の模様を作る。


「どうしたらあんなに滑らかに動けるんだろう」


 演技中、ピボットと呼ばれるつま先を使った回転をした後、縄を投げて回転する。

 一度手でキャッチした後、さらにもう一度投げる。

 見ている者がため息を漏らす。

 全てが順調に思えた、その時だった。

(あれは……)

 美乃理の視界の隅に部員たちに混じって誰かがいた。

 この新体操部の練習場にいるはずのない男子がいた。

 自分の演技をじっと見ている――。

(あっ)

 縄を放り投げる力の加減を少し誤ったことに自分でも気づいた。

 

「投げ技の連続よ、すごい――」


 美乃理は、バランスの姿勢をしたあと、足をさらに大きく上げる。

 ハーフシューズを履いたそのつま先に、落ちてきた縄が見事にキャッチされて絡まった。

 最後にフィニッシュのポーズを決めると、新米部員たちの拍手が鳴り響く。中には先輩や同級生の部員たちも拍手していた。挨拶の練習とばかりに一礼した後、手をする。


 戻るとき、美乃理は、その男子がいた場所をみた。

 あれは……誰?

 だが当然の如く誰もいなかった。それに、新体操部の練習場所は、男子立ち入り禁止。男子がいたらつまみ出される。

 あの子は……。 


「すごいです!」

「完璧……文句のつけようがないわ」


 感動に包まれる一年生たちだったが、マットから脇に戻ってきた美乃理に宏美が冷静な表情のまま、一声かけた。


「美乃理ちゃん、最後、ミスしたわね」


 沸いていた体育館が、急にシイン、と静かになる。皆固唾をのんで見守った。


「え、そ、そんな……」

「ど、どこに御手洗先輩の演技にミスなんか――」

「そうですよ、パーフェクトな演技で、あたし感動しちゃいました」


 周囲の者は、美乃理が否定すると思った。

 しかし――。


「先輩の目はごまかせないんですね」


 あっさりみとめて、苦笑いの笑みを浮かべた。

 連続の投げ技の2度目は、座位で縄をキャッチが最初予定していた構成だった。しかし、2回目では縄を投げすぎた。

 だから、とっさに動作を変えた。

 そのあとフィニッシュに移行する際、ステップが少し乱れた。最初の構成とは違う動きになったから、綻びが出た。

 練習とはいえ、美乃理は一心に舞う。 

 やっているうちに、気持ちが乗ってきて、自分と新体操が一体になる。だが、最高潮になってきた時に『あれ』が起こる。


「少し演技に入り込み過ぎて、力んでしまったみたいです。宏美先輩みたいに冷静な部分も持たないと……いけないですね」


 美乃理は正直に吐露した。


「美乃理ちゃん、以前、ジュニア大会の時も同じようなミスをしたわね」

「は、はい……」


 やや声を潜めて返事をした。


 あの時とは――小学校5年――花町新体操クラブの育成コース生徒として出場した。

 全国の新体操をする少女たちが集まる大会――発表会ではなく試合。

 そこに美乃理もいた。練習を重ね、育成コースに進み、女子として新体操を志す少女たちのあこがれの場にいた。

 その場で美乃理は演技で観衆も審査員も感嘆させた。しかし、最後の最後で――。

 演技が最高潮に達した時、起きた。

 同じような幻を見たのだ。それでわずかに乱れた動きから減点をされた。惜しくも僅差で準優勝――。

 その最期のミスの原因を知っている唯一の存在が宏美だった。


「また、自分の幻が現れたのね――」

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