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第74章「発表会のあと」

 発表会は午前の部が終わり、一旦昼食を兼ねた休憩に入った。

 その間に保護者、両親の元へ戻る前に記念写真を撮った。

 「みんなこっちへ集まって」

 指示されたとおり体育館の玄関前でレオタード姿のままで外に出た。

 ずっと屋内にいたためか外の太陽が眩しく感じた。外は良い天気で晴れていた。

 さっきまでの興奮もまだ残るキッズコース生が集まって横二列に広がる。

 柏原コーチがデジタルカメラを構えてシャッターの態勢に入る。


「美乃理ちゃん、もっと中に入って」


 遠慮がちに端に入ったが真ん中へと導かれてしまった。

 麻里や亜美、そして忍。


「美乃理ちゃんは今日の主役なんだから」


「みんな? いい? 撮るわよ」

 柏原コーチが手をあげる。


「はい、チーズ」

 

 美乃理もようやくできるようになった笑顔を浮かべた。

 

 一瞬間があいた後、コーチは撮れた写真を確認して、頷いた。 

 まだ見てはいないが、華やかな笑顔の詰まった皆の写真が思い浮かんだ。

 同時に自分がどんな写真になっているのかみてみたかった。


「あ!? 御手洗!?」


 撮り終わって入り口の前にいたら美乃理の名を呼ぶ声がした。

 まだ子供の声だが、明らかに男の子とわかる声だった。


「健一!?」


 体操着で脇にサッカーボールを抱えている。


「なんで健一がここにいるの?」

「俺たち、これだよ」


 抱えていたサッカーボールを目の前に突き出してみせた。

 話を聞くと市民体育館のすぐ脇にある運動場で小学校低学年向けのサッカー教室があったらしい。

 地元の少年サッカーのクラブが始まるのは3年生。でもそれよりも下の学年の子供向けに開催されたものだった。

 短パンと名前の入った体操の上着だった。

 白い体操着が土で汚れているのを見るとめいっぱいに練習した様子が見て取れた。

 練習風景が思い浮かんだ。

 遊びでやったときもあんなに泥だらけになってやってたんだからなおさらだろう。

 クラブに入って、ユニフォームを早く着たいと健一は言う。

 気持ちをちょっと共有できた気がした。

 やっている種目は違うけれど同じくスポーツに今この時間を捧げている。


「御手洗なんでここにいるんだ?」

「今日はね、あたしたち新体操の発表会なの!」

 

 忍が答える。


「ああ、そういえば……体操やってるとかいってたな」

「新体操!」

「じゃあ、それも、そうなのか?」


 美乃理の体を指さした。


「そうよ、これはレオタードよ」

「れおた……ど、へえ……」


「だあれ? あれ」


 亜美と麻里の二人がやや少し間を取りながら、聞いてきた。


「あれは健一君よ。同じ学校に通ってるの」


 忍が代わりに答えた。


「ふうん、そう……」


 よくみると体育館の入り口から少し離れた場所で建一のお母さんが稔と忍の母親とおしゃべりしていた。

 声は聞こえないものの「あら、こんにちは」「今日はどうしたの?」といった会話が聞こえてきそうだった。


「サッカーが好きなのよ、ね!」


 いまこの体育館とその周囲は女の子の世界でもあった。

 他のクラブの子も行き来している。

 そこにやってきた男の子の健一はやや異質な存在ではあった。


 健一は臆する様子はなかった。

(きっとみのるだったら、逃げちゃってただろうなあ)

 立場と視点が変わって今美乃理はこちらから見ている側だった。


「へえそれがユニフォームなんだな」

「そうよお、美乃理ちゃんすっごく可愛いんだから」


 健一は美乃理の姿を見つめながら、感心したように呟いた。


「そ、そうだね……」


 身を包んでいる自分の姿を見られると、不思議と体がむずむずした。


 もし女子じゃなくて……新体操をやるのではなかったら……健一と一緒にサッカーをやったかもしれない。

 でも今は自分は美乃理として新体操をやっている。

 神様の悪戯とか奇跡とかではなく、三日月先生との約束だからだ。


「すっごく可愛いなあ」


 健一の言葉は率直だった。


「え――」

「ごめん、前に男っぽいって言ってたけど、全然可愛いよ」

「あ、ありがとう」


 健一に言われると、恥ずかしさが強く沸き起こされる。

(なんだろう、この変な気持ち……)

 家族や、他の女の子に新体操を見られるのは慣れた。

 健一とはみのるという男の子の時に一緒になることはしばしばあった。

 小学校では水泳の着替え、修学旅行で一緒に入浴もした。

 だから別になんでもないはず。

 なのに、見られることに妙な気持ちが起こっていた。

 嫌な気持ちというわけではないけれど、

 こそばゆい、胸の感覚……。


(ほめられるのは嫌じゃない……)


「頑張れよ、御手洗」


 健一が励ましてくれることが意外だった。サッカーではないことを残念がると思っていた。


「サッカーできなくてごめんね」

「いいよ、今のお前凄く嬉しそうにしてるからさ」


 別に笑顔を浮かべているわけではないけれど、何か建一に伝わったのだろうか。

 自分の中で起きている変化に自分もまだわかりきれていないんだ。


「あ、やべ!」


 遠くの方では体操着やジャージの男の子たちが健一を呼んでいた。

 また昼休憩、集合時間。

 向こうの男子の集団へ戻っていくのだろう。


「頑張れよ! 御手洗と楢崎!」


 健一は手を振って帰っていった。


「そっか……」


(嬉しそうにしているんだ。今のあたし)


「みんな、美乃理ちゃん、忍ちゃん、龍崎さんの演技もそろそろ始まるわ」


 コーチから声をかけられて、周りの子たちが動き出した。


「戻ろう! ジャージに着替えないとね」


 忍に手を引っ張られた。


(今のあたしが戻るべき場所はこっちなんだ)


 美乃理はジャージに着替えるために体育館に戻っていった。

 前回終了とかいいながらまだ幼年時代編です。発表会のあとの様子を書いてみました。新編は作っているのでもうしばらくお待ちください。



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