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第70章「発表会⑦」

「ここは!?」


 美乃理ははっと気がつくと白い世界にいた。

 どこまでも白く明るい空間の中にいた。


「一体どうして……」


 これは、きっと白昼夢。

 はっきりと今自分が夢を見ているとわかった。

 それもここ最近よくみるあの夢の中にいるのだ。

 いつの間に眠ってしまったのだろう。

 確か新体操の発表会にいたはずなのに……。

 順番を待ちながら他のクラブの演技を見ていたはずだ。

 そこまで眠気に襲われたわけでもなかった。

 だが、今夢の中にいる。


「君は!?」


 はっと後ろを振り返ると、あの子がいた。

 ずっと繰り返していた夢の中での少女との邂逅。

 目覚めると会話の内容もその姿もおぼろげになって忘れてしまう。

 その子が今はっきりと見える。


「美乃理ちゃん、いよいよだね」


 今までぼんやりしていた顔やその声も。

 これからもずっとこの子と一緒なのだ。

 そう確信した。

 会話をしている夢、遊んでいる夢――、ただ一緒にいるだけの夢――

 けれども、今日は違った。はっきりとお互いが通じ合っている。

 夢だけど夢じゃない。

 ここまではっきりとした意識を持ったままなのは初めてだ。


「君、どうしたの?」

「そろそろ行かなきゃいけないの。ここで会うのは最後だから、それを言いに来たのよ」


 少女は小さく手を振った。


「え! どうして?」

「もうここから出ないといけないのよ」

「え、そ、そんな……」


 美乃理はこの子に特別な何かを感じていた。自分の近しい存在に。父や母とも違う。友達とも違う――。

 もう会えないと告げられると妙に寂しくなった。


「覚えておいて――私はみのる君と美乃理ちゃんと新体操があったから生まれてくることができるの」


 今まではおぼろげだったその少女の顔がよりはっきりと、美乃理には見えた。

 その子の顔は美乃理にそっくり、いや似てはいるけれど、同じではない。

 そう、この子はきっと……

 その子の口元がかすかに動いた。


「おねえ……ゃん……もう……すぐ会えるよ」




「美乃理ちゃん」


 自分を呼ぶ声と、肩をポンと叩かれて美乃理は目が覚めた。

 そこは市民体育館の二階にある観客席だった。花町クラブが控えている場だった。

 自分たちの発表まで一時間近くあり、その間ここで他のクラブの発表をみていたのだ。


「美乃理ちゃん、そろそろ順番だからコーチが呼んでるよ」


 ジャージ姿の忍が後ろからのぞき込んでいた。


「あ、うん、すぐ行くよ」


 急いで自分のジャージのファスナーに手をかけた。

 そしてバッグからハーフシューズやリボンを取り出す。


 ジャージを脱ぎ発表会のレオタード姿になった美乃理はそのまま階下の待機場所に向かう。

 既に仲間は集っている。


「あ、美乃理ちゃん、きたきた」

「もう、何してるのよ」


 練習用のレオタードよりもスカートのフリルが多く、肩や首の部分にもマチや刺繍が施されている。

 他の子はその姿をお互いにたしかめあうだけで、喜びと笑顔に本番前の緊張が一瞬和らいでいた。

 今のこの姿を正体を知る者が見たらどう思うのだろうか。

 気持ち悪いと思うだろうか。

 でも少なくとも三日月先生や、部長や清水敦子はわかってくれそうな気がした。


 持っていたハーフシューズを履く。足のつま先にかぶせ、ゴムを踵と足の甲に止めた。

 やや擦れたあとがあるのは練習の証でもあった。


「さあ、皆行きましょう」


 先生に促され発表前に待機する場所へ歩き出す。





 ちょうど同じ時、会場外の市民体育館前ロータリーに急ぐようにタクシーが一台進入してきた。

 体育館のまん前に横付けし停車した。ブレーキの音がキィッと鳴った。

 ドアがあけられ、中からスーツ姿の男が出てきた。若いわけではないが、さりとて中年というほど老けていない。


「あなた、こっちよ!」


 スーツ姿に大きな旅行用を兼ねる鞄を抱えていた。

 直接主張先から駆けつけてきた美乃理の父、御手洗吾郎であった。


「良かったわ。ギリギリで間に合って。でもよく間に合ったわね」


 妻が出迎えている。


「朝の飛行機に飛び乗ったのさ」

「あら……大丈夫だったの?」

「今日は出張先で帰る前に名物の店で飯でもと誘われたが、娘の新体操の発表会なんだって言って誘いを振り切ってきたんだ」

「そうだったの……ありがとう。あなた。はい、これ」


 傍らのバッグから差し出したのはハンディカメラだった。


「美乃理を綺麗にとってあげてね」


 吾郎は笑いながら受け取った。


「来られない可能性もあるって言ったら、別にいいよって笑ってたけど、寂しそうにしてたわ」

「そうか、我慢させっぱなしだったからな」


 聞き分けの良すぎることを気にしていた。胸に何かため込んでいないか。 

 忙しくてそういった機会もなかなか得られないことに忸怩たる思いを持っていた。


「さあ、私たちも行きましょう」

「ああ」


 二人は早足で会場へと入っていった。


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