第7章「美乃理(みのり)と赤いランドセル」
メロディは子供が歌う今日の日はさようなら。毎日児童の最終下校時刻の16時に流れる。
「まもなく、下校時間となります。まだ校内に残っている児童は、すみやかに下校してください」
メロディと共に下校アナウンスが始まったので、忍が美乃理を誘った。
「帰ろうよ、ね?」
「うん……」
美乃理は素直に頷き、ついていった。今はこのシノちゃん、忍について行くしかない。
「ここが1年2組の教室よ」
トイレから教室に戻っても忍は、なおも案内してくれる。
教室には二人だけ。
もうみんな帰ってしまったのだろう。
外では、まだサッカーをしている男子児童の喧噪が聞こえる。
教室の正面右に備えられている時計をみると、4時だった。
さっきよくみていなかったけど、横の壁に貼られた習字には、懐かしい見覚えのある名前があった。
伊藤健一。
下手だけど、豪快に書かれた「友情」も飾られていた。
「ここが美乃理ちゃんの机」
忍は、一つの机を指した。
さっき美乃理が突っ伏していた机だった。
(時計の部屋……椅子に座らされた後、どうしてここに……? 高校生だったボクが何故――)
疑問は尽きないが、とりあえず目の前のことに対処することに専念することにした。
「そして、ここが、美乃理ちゃんのランドセルを入れる場所」
後ろにある、縦3段、横一杯に並ぶ正方形に仕切られた棚を指した。
棚の上には、児童書、虫の飼育かごがあった。
かまきりやこおろぎを入れてたっけ。
記憶と寸分違わない。
「!?」
忍が、指し示した場所、そこには真っ赤なランドセルが入っていた。
高学年になる頃には、すり切れて、どの子も色あせていて、ぼろぼろになりかけていた。
だがまだ新品の光を失っていない。
「こ、これが、ボク……の?」
「そう、美乃理ちゃんのよ」
おそる、おそるその深紅の輝きを放つランドセルを手に取った。
ずしり、と重みを感じた。これは中にノートや教科書、文房具が入っている重みだ。
懐かしい……。
(ボクは小学校時代、ずっと黒いやつを使っていたのに……)
本当にボクのだろうか確認しようと、ランドセルをひっくり返してみた。
そこには、名前があった。
氏名:御手洗 美乃理
ボクの名前だ。
そして、すぐその横には振り仮名が降られていた。
フリガナ:ミタライ ミノリ
やっぱり、これは自分のランドセル。
女の子らしい赤いランドセル……
美乃理は悟ったように頷いて、それを背負った。
背中に感じる重みは、また懐かしかった。
卒業して5、6年ぶりだろうか。
美乃理は、時を超えて、ランドセルを今また背負った。どこまでも赤い、深紅のそれを――
「さ、早く帰ろう―見回りの先生、来ちゃうよ」
忍はランドセルを背負った美乃理の手を取り、ぎゅっと握った。
さらに忍は導くようにその手を引っ張った。
「う、うん」
美乃理は、忍と共に教室を出る。
その小さな足で踏み出した。