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第69章「発表会⑥」

 いよいよ発表会の練習も終盤を迎えた頃、フィニッシュの部分の練習は特に美乃理たち四人は他の子と別に分けられて練習を指示された。

 それぞれが与えられた役割を正確にやる必要があったからだ。

 技は初心者クラスにとっては難易度は高かった。

 動きは左右対称で、足を上げるタイミングもそれぞれ違う。

 美乃理は右足を大きくあげる。

 反対の位置にいる麻里は逆に左足。

 四人のうちの一人のステップの位置が少しでもずれると、四人が手を繋ぐタイミングがずれて形が乱れる。

 花びらとなって花を咲かせることができなくなるのだ。

 何度も繰り返し、柏原コーチの注意も飛ぶ。


「ステップとリズムが合ってないわ」


「側転に入るタイミングが少し早いわ。ずれてる」


 四人はコーチから厳しく指示された。

 まるで育成コースみたい、とは育成コースの練習を見学した四人の抱いた印象であった。


「美乃理ちゃん、さっき注意してたことまたできてないわよ」

「は、はい、すみません!」

 

 指導は美乃理にも及ぶ。

 柏原コーチが発表会までに美乃理に与えた課題があった。

 演技のステップやジャンプ、リボンを絡まったり床に着けたりしないで綺麗に回す。

 それら技術的なこと自体は美乃理には難しいことではなかった。

 そして最後のフィニッシュをやることにも問題はない。

 側転やジャンプの正確さはどれも一、二を、争う。

 美乃理の体の柔らかさ、身体能力についてはコーチも認めていた。

 しかし柏原コーチにはひっかかることがあった。

 演技中の表情だ。

 一度指導して笑顔を作る努力をするようになった。

 しかし、まだ足りない。

 すぐに消えてしまう。

 作り笑いである故に、ちょっとした心の揺れでもとに戻ってしまう。

 また見る者が見れば美乃理の笑顔が作り笑いであることがわかった。

 美乃理の笑顔は自然な笑顔ではない。

 かといって新体操が嫌というわけではないこともわかっている。

 一生懸命、ひたむきなのはわかった。

 けれども、この年頃の女の子には似つかわしくない、時折見せる思いつめたような憂いを帯びた表情がひっかかっていた。

 悩みや迷いを抱えた10代の子のようにも思えた。

 加えてあまり女の子らしさに対する執着がなく、それもまるで少年のようにすら思えた。

 柏原は、美乃理により魅力的な笑顔を作ることを課題に与えた。

しかし意識すればするほど美乃理の表情は硬くなってしまう。

 笑顔を心がける、その大切さ自体は美乃理は知っている。

 しかし難しい技をすると体の動きや音楽に会わせることに集中しているうちに、いつしかひきつったり、消えたりしてしまう。

 真剣にやればやるほど、顔が曇ってゆく。

 作り笑いだからだ。

 意識していないと笑顔が消えてしまうのだった。


 美乃理自身もなんとか克服しようと努力している。

 だが、なんとかしようと思った時、ふとわき上がってくるのだった。

 かつての稔と今の美乃理、少年だった自分と少女の自分の狭間に苦しむ。

 手を伸ばしバランスをとっている時。

 そういうとき、笑顔が徐々に消え、顔は赤くなり動きは乱れる。

 

 正愛学院特進コースのクラスメイトたちの声が聞こえる。

みのる、お前なにをやってるんだ)


(なんて格好してるんだよ、みのる


(お前はほんとうはみのるて男子高校生なんだろ?)


(御手洗の奴、あんな格好させられてあんなことさせられてらあ)


 自分を嘲笑するような声が次から次へと押し寄せる。


(ボクは……今こんな格好してなにをやってるんだ?)


「どうしたの? リズムが合ってないわよ。遅れちゃってるし、足もきちんと延びてないし……」


 手拍子を止めた柏原コーチが美乃理に注意する。

 コーチの声で美乃理の意識はこっち側へ戻ってくる。


「はっ」


(稔に戻っていた……)


「何か辛いことでもあったの? 少し休む?」


 蒼ざめた美乃理の顔に柏原が気付く。


「い、いいえ。な、なんでもありません」


 頭を振ってわき上がった感情を振り飛ばそうとした。

 けれども、何度繰り返してもぬぐい去ることのできない気持ちだった。

 克服しようとすればするほど、かえってその恥じらいが大きくなってしまう。

 三日月先生や高梨先輩から示された新体操の道を歩む。その使命感が美乃理をかろうじて支えていた。

 けれどもそれだけでは、まだ乗り越えられない。

 次の階段を上るには、何かが必要だ。

 猪突猛進に、ただ打ち込むだけでは、受験にひたすら突き進んだかつてのみのると同じ。

 どうすれば魅力のある笑顔を作ることができるのだろうか。





 明確に答えを出せないまま、発表会を迎えていた。

 発表の順番を待ちながら他のクラブの演技をみているうちに、これまでの記憶が巡ってしまったようだった。

 隣でジャージを着ている忍が話しかけてきた。


「美乃理ちゃん? どうしたの?」

「え? あ、うん、なんでもない……」

「すっごい緊張してる……手も冷たいし……」


 忍は美乃理の手をぎゅっと握った。

 広い体育館の空気が冷えていたからだと思うが、緊張も加わって血が引いてしまっているのかもしれない。

 小さな美乃理の体は堅く冷えていた。

 忍の手がいつになく温かく感じた。


「大丈夫だよ、美乃理ちゃん、一生懸命練習してきたから」

「ありがとう、シノちゃん」


 女の子の友達がいてくれることに感謝した。

 誰もいなかったら、緊張に押しつぶされていたかもしれない。

(やっぱり受験と違う……)

 一人ではなく他の子と一緒にやってきたことの大切さをひしひし感じた。


「もう、しっかりしてよね、御手洗さん」


 後ろから不意に聞こえたのは麻里の声だった。


「あなたが決めてくれないと最後の技、綺麗にできないんだから」


 麻里はいつの間にか後ろにいて美乃理のことを気遣う。


「あ、ありがとう」


 周囲も皆が驚いていた。

 麻里は美乃理を嫌っていると思う子もいたぐらいだからだ。


「失敗したら嫌だからね」

「うん」


 肩の力を解きほぐすように麻里は美乃理の背中をさすった。

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