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第68章「発表会⑤」

「つづいて、谷川南クラブ初級科の発表です」


 館内にマイクの音が響く。

 開会式後、初心者の子を中心とする演技発表が始まった。

 龍崎宏美を始めとする育成コースの実力を持つ生徒の発表は後半の午後のプログラム。

 つまり美乃理たちの発表の方が早い。


「他のクラブの演技もみて参考にしなさい」


 体育館ホールの真ん中に設けられた発表の舞台には、たったいまアナウンスされた谷川南クラブの幼い生徒たちが拍手を送られつつ整列しながら配置についていく。

 いずれも可愛い刺繍やフリルをつけたレオタードに身を包み、笑顔の中に緊張を織り交ぜた表情を浮かべている。そしてその顔には化粧がばっちり施されている。

(凄い、大人顔負けだ……)

 自分に施されたのはまだまだ薄い、気にならない程度のものだった。

 花町クラブのキッズコース生たちが安心したのは朝の練習風景で上手だと思ったグループは大抵数年の経験があるチームであり、初心者の子が中心のチームは、だいたいリボンを落としたり、振り付け動作を間違えたりバラバラだったりすることだった。

 決して実力に大きな差があるわけではないことが判明した。

 

 美乃理たちの出番はもう少し先。

 それまでは手持ち無沙汰で、待っている間はとても長い時間のようにも思えた。

(おかしいな……)

 美乃理は自分の太腿を叩いた。

 ここまで緊張なんてしたことない……。

 足がこわばっている。

 そして胸のドキドキに戸惑った。

 ただ緊張しているだけではない。

 美乃理にとって初めての体験だからだ。

 今回美乃理は周りの期待と責任を負っているのだ。

 この発表会の演技において、美乃理は1つの重要な役割を与えられていた。






 この発表会の直前のレッスンにて。

 発表会の練習も佳境を迎えていた頃、コーチから急な指示を受けた。


「これから一番最後のフィニッシュをするときの、真ん中にくる子を決めます」


 発表会で行う演技のフィニッシュの技を説明された。

 柏原コーチを半円状に囲むキッズコース生たちの顔が緊張する。

 キッズコースの演技は通常の形式とは違い十五人が一斉に演技を行う。

 実力もバラバラで、経験もまだないコース生で、ごく簡単な技が中心だった。

 だが、最後は各自が役割を与えられ複雑な動きを指示されていた。

 そのフィニッシュは舞台の全体に散っていた四人がリズムよくステップを踏み側転や前転もして中心へ移動する。一度大きくY字バランスをして、音楽の最後のファンファーレとともに、定位置に着き、最後に手つなぎ輪を作って仰向けに反る。


 それ以外の子は体を仰向けにそらしたり横向きにして、周りで花弁のような形を作る。

 観客席からみると花の形に見えるしかけだ。

 内容は高度で、連続する技を音楽に合わせて集団でみせる必要があり、特に中央の花役は少し技術のいる動きも交じっているから一部選ばれた子のみがやる。


「朝比奈さん、神田さん、里見さん……それに御手洗さん――」


 読み上げられていく名前の一番最後に美乃理の名があった。

 呼ばれた。

 このボクが……。

 亜美にも麻里にも、花の役を選ばれた子たちにも、その顔に笑顔が浮かぶ。


「やったね、美乃理ちゃん」


 すぐ隣に体育座りしていた忍も、美乃理の手を握って祝福してくれた。

 それ以外の周囲の子は羨む表情だった。

 しかし美乃理は、違っていた。


「あら、嬉しくないの?」


 柏原コーチが美乃理の様子に気づき、声をかけた。


「そんなわけじゃないです……でも……」


 ボクが……一番真ん中の役を……。

 美乃理の胸に湧いたのは責任の重さだった。

 まだ初心者のキッズコースとはいえ、新体操をする女の子として一番憧れる部分を――。

 この姿になってまだ数ヶ月もたっていないのにやってきた大役。


「美乃理ちゃん、あなたが花びらの役をやるのよ」


 コーチの言葉にこの時の美乃理はプレッシャーだけが湧いていた。

 そしてそのまま当日を迎えた。




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