第65章「発表会②」
自宅から車で三十分のところに今日の発表会の会場となる市民体育館があった。
車を駐車場の停め、体育館の入り口に向かう。
「ええ……と、どこかしらね」
母も事前に配られた当日プログラムを見ながら場所を確認する。
集合場所は体育館の入り口の受付前。
初めてくる場所だった。稔の時は利用したことは無い。
大きな鉄骨鉄筋の四角い建物。
ようやく体育館入口に到着すると、既に同じぐらいの年の女の子やその両親達が屯していた。
そして「新体操クラブ合同発表会」という立て看板が立てられていた。
「ここみたいだよ、母さん」
待ち合わせは指定されているが、似たような格好の見知らぬ子ばかりだった。多分別のクラブの女の子たちだろう。
仲間をなかなか見つけられない。
「あっ!」
ようやく美乃理は朝比奈麻里たちを見つけた。
「あら、おはよう、御手洗さん」
いつもは美乃理に対して対抗意識を隠さない麻里で、やや苦手だったが、知っている子を見ると安心した。
「受付はあっちよ。早く行きましょう」
やや突き放すような口調は相変わらずだが、一緒に行こうといいだすあたり、多分心の内は麻里も同じだったのだろう。
そんだかそわそわしているようだ。
「美乃理ちゃん!」
しばらくしてようやく忍とも出会った。
紺色のジャージを着て、やはりバッグを抱えている。
寄ってくるなり美乃理の手を取った。
「美乃理ちゃん、がんばろう」
忍も美乃理に会えた時、いつになく嬉しそうだった。
忍の両親もいた。
いつものように家族揃って来ていた。
その傍らには柏原コーチもいた。
「先生、おはようございます。いつもうちの子がお世話になってます」
「あら、御手洗さんのお母さま。ご丁寧にこちらこそ――」
大人同士の挨拶を交わす。
その傍らで忍と美乃理は会話を交わす。
「美乃理ちゃん、そのシニヨン、可愛いね」
「あ、ありがとう」
団子がついている頭に手をやった。
自分と家族だけでなく他の子に言われると、少なくとも悪い気はしなかった。
やがて徐々に花町クラブの子も集まりだした頃だ。
「おはよう、美乃理ちゃん」
振り返ると宏美がいた。
「あ、おはようございます。龍崎さん」
同じ育成コースの河野さんもいた。
「おはよう、おちびちゃんたち」
育成コース生たちは何度もこういう場に出場して場慣れしているせいか、比較的リラックスしているようにも見えた。
「美乃理ちゃん、どう? 緊張してる?」
「は、はい」
「大丈夫よ、私も初めての時はそうだったから」
宏美も長い髪は纏めてお団子状のシニヨンを作っていた。
それに、発表会のためうっすらお化粧もしている。いつもよりも綺麗で、なにより女性らしさを感じた。
「宏美さんも綺麗ですね」
「ふふ、ありがとう」
「それ、一人でやったんですか?」
「まさか。そこまで器用じゃないわ。これは私の婆やが……」
いくつか会話を交わしたところで、来場者へ柏原コーチの声がかかった。
「保護者の皆さん、観客席はあっちですよ。早く行って良い場所を確保してくださいね」
少しずつ人が集まり始め、エントランスはガヤガヤと賑わい始めたころ、柏原コーチがクラブ生の保護者たちに促した。
両親、保護者たちはゾロゾロ体育館の観客席へと移動を始める。
「美乃理、頑張ってね――」
美乃理の母も、そう一声かけて保護者に混じって体育館の中へと入っていった。
一旦母と別れを告げる。
忍も河野さんも家族が屯しているあたりに、向かって手を振った。多分家族があの辺りにいるのだろう。
どの子も皆今日は家族総出で来ていて、賑わっている。
美乃理も消えていく母の背中を見送った。
「?」
ふと気がついた。
宏美さんは保護者たちにまったく視線を送らない。
「あの、宏美さんの家の人って……」
河野さんは美乃理に寄り添って口に指を立てた。
「しっ……なるべくそのこと触れないでね。宏美、気にしない風を装っているけど、心の中をのぞき見ることは出来ないからね……」
美乃理は龍崎宏美の後ろ姿を見つめた。綺麗に髪の毛が纏められ凛とした背中からは、まったく伺いしれなかったが宏美は一人なのだ。
家族は誰も見に来ていない。
有名会社グループ一族の令嬢、新体操クラブの期待の星。
だがその羨む名声とは裏腹な複雑な事情と孤独がある。
河野さんは美乃理にささやいた。
「宏美、あの子はこうもいうの。新体操をしているときの私は誰でもない私だって……だから心配は無用よ」
「誰でもない……」
美乃理はその意味がわかった。
御曹司の宏もご令嬢の宏美もない。
この瞬間は、共働きのごく普通の家庭だろうが、自営業の娘だろうが――。
新体操を演じているときは、新体操の宏美。
対する美乃理。今はまだ美乃理という女の子という立場にも新体操にも戸惑いや困惑がある。
(龍崎さんは心身自分よりも先を行ってるんだ……)




