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第61章「美乃理(みのり)と再び始まる新体操」②

 戻っている。

 はっきり美乃理は自覚した。

(……ボクはみのるに戻っているんだ)

 そう思うと、急にドキドキと不安が胸に舞い降りてきた。最初の時に感じた気持ちよりも緊張は強い。 

 最初のレッスンでは初めて体験する好奇心もあったので、それらを和らげてくれていた。

 けれども今は、違う。


「美乃理ちゃん!」


 神田亜美の声だった。

 亜美は既に着替えて、準備をしていた。

 美乃理と同じピンクのレオタード、そしてハーフシューズも既に履いている。

 美乃理の姿に気がつくと亜美がこっちに手を振ったので振りかえった。


「もう練習してるんだ」

「うん」


 どうやら早めに来て既に練習を始めていたようだ。

 自主的に柔軟をし、前回練習したステップも見事に再現していた。

 まるで育成コースの宏美たちのようだった。

 しかも、どうやら休みの間もしっかり自分で練習をしていたようだ。


「美乃理ちゃんは?」


 静かに首を振った。

 サッカーで遊んだ後、家に帰ってお風呂に入って夕食を取った後、疲れて寝てしまった。

 心はすっきりしたけれど、どうやら、差を付けられてしまったようだ。


「御手洗さん、こんにちは」


 周囲の数人と会話していた朝比奈麻里も美乃理に気がついた。麻里も着替えて練習を始めていた。

 亜美に負けじと少し離れたところで麻里も着替えて柔軟体操を始めようとしていた。


「はじまっちゃうわ、早く着替えたら?」


 そっけない挨拶だが麻里は美乃理へ視線を送ってきている。

 そして取り巻きの子たちと床に腰を落として、足を開脚させながら、柔軟を始めている。

 背中を使ってエビのように反らせる。

 他の子も麻里にならう。

 他の子を引っ張っているだけあって、一番麻里が形が綺麗だ。

 その取り巻きも刺激されて熱心に練習をしている。

 さらに遅れてきた子は、その様子に急いで着替えの準備を始めている。

 一番最初の頃と比べて、新体操クラブのキッズコースにも新しい動きが始まったのだ。

 美乃理も急いでバッグを開いて、レオタードとハーフシューズを取り出した。


「あれ……」


 急いで服を脱いでレオタードに着替えようとしたが、戸惑った。

(違う……)

 まだ幾日も立っていないのに、レオタードに体を通すと胸がざわついた。

 自分が女の子たちばかりの空間に身を置いていることにも違和感。

 美乃理がたしかにこれまでに何度が着たものだ。

 けれども今は緊張を感じる。

(う……やっぱりこの感覚、変)

 ゴム紐を踵と足の甲に回し、ハーフシューズを固定する。

 その感覚にもまた戸惑いを感じた。

 美乃理として自分が新体操をやっていることに今更ながら違和感を覚えているのだ。 

「新体操をする少女美乃理」、何日もかけてやっと自覚した意識だったが、また少年稔みのるの意識が再び意識の表面に浮上してきたように思えた。


 今のボクは女の子、女の子だから変じゃないんだ。

 そう言い聞かせるが、再び頭をもたげた恥ずかしさは消し難かった。

 ピンクのレオタードも恥ずかしい、刺激が強すぎる。

 その時――。

 突然ぐいっと腕を捕まれた。


「美乃理ちゃん、こっち来て!」


 そんな美乃理に既に着替えていた忍が腕を掴んで別のところへ連れて行こうとする。


「ど、どうしたの? シノちゃん」

「こっち、こっち。ほら立って」


 練習場の隅にある姿見の大きな鏡の前に立たされた。


「ここに……?」


 鏡の前には全身が映し出される。


「美乃理ちゃん、どう?」


 忍が佇む美乃理に問いかけてきた。


「う、うん……そうだね……」


 まだ忍の意図が読めず、曖昧な返事をした。

 美乃理は今の自分を見た。

 やや不安そうな表情をした少女が立っている。

 忍が横で見つめている。

 言葉が思いつかないので、とりあえず、一回くるっと回ってみた。

 そしてまた自分を見つめ直す。

(ああやっぱり今ボクは女の子なんだ)

 ハーフシューズを履き、レオタードを着ている少女がいる。

 ピンクに映える白い血色のよい手足。


「か、可愛い……かな? うん……」


 うぬぼれなどではなく、高校生から小学生低学年になった自分にはその見た目に可愛さがあると思う。


「うん、そうだよね――」


 忍もまねするように、鏡の前で自身の姿を映し、くるりと回った。

 忍は水色が映えるレオタードだった。


「可愛い。美乃理ちゃんは可愛いんだよ」

「その……シノちゃんも可愛いよ」

「ありがとう! でもね……可愛いのもあるけど、私、女の子で良かったって思えるの」


 美乃理の複雑な戸惑いを察したかもしれない。

 忍は続けた。


「美乃理ちゃんと一緒に新体操をやれる……。女の子だからこうやってレオタードを着て、美乃理ちゃんと一緒に新体操をやれるんだって」

「女の子……だから?」


 呟いく美乃理の肩を忍がそっと抱いた。


「私にはわからないんだけど、美乃理ちゃんは胸いっぱいに秘めてるものがあるんだって、それだけはわかるの――」


 そして胸をさするように触った。

 忍のその小さな手が体に触れるとき、安心感のようなものを覚えた。


「だから美乃理ちゃん、これだけは覚えていて。私も美乃理ちゃんも女の子だから、こうやって一緒に新体操ができるだって」


 美乃理と忍の新体操がここにある。

 そして忍は美乃理を鏡越しに見つめた。


「おかえり、美乃理ちゃん」

「シノちゃん……」


 忍と美乃理は手を握り合った。


「美乃理ちゃん――レッスンに戻ってこないかもしれないって、ちょっとだけ思ったの。でも良かった……」


 そしてまた美乃理を抱きしめた。

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