表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/164

第57章「美乃理(みのり)と放課後とサッカー」①

―美乃理ちゃん! こっちこっち―


少女の声が聞こえた。

(ここは……)

そこはいつもの白い世界ではなく、一面の花が咲き誇る野原だった。

空には青空、頬を撫でる風。これまでのような夢、幻のようなあやふやな場所ではなくどこかへピクニックに来たような場所だった。


―こっちへおいでよ!―


野原に流れる小川のほとりで、白いワンピースを着た少女は美乃理を手で誘った。

少女は、いつになく明るかった。

美乃理も同じワンピースを着ていた。


いつもの夢に出てくる少女との邂逅。

この少女は本当に夢の中にいる子なのだろうか――

それを知りたくて美乃理は走り出した。














「さようなら!」

「さようなら」


 一斉に起立した後、日直のかけ声に続けて教室にいる全員の声が重なる。

 ランドセルを背負い、あるいは肩にかけながら続々と1年2組の児童たちが教室を後にする。


「まだ上の学年の教室で授業やってるんだから、廊下は静かにしなさい!」


 おきまりの斉藤先生の飛ばす声も消えそうなほど、授業が終わると雰囲気が一斉に明るくなる。

 授業が早く終わる低学年なこともあって、放課後は有り余るほど時間があった。

 なので放課後になにをしようか、どうやって遊ぼうか、そこかしこで、遊びの相談が聞こえる。


「今日、山本さんの家で遊びましょう」

「あ、あたしも行く! 混ぜて!」


 続々と遊びのグループが形成されていく。


 それは美乃理にとって懐かしい光景だった。

(そうだ……ボクも昔こんなふうな放課後があったんだっけ)

 みのるもまだ低学年の時はああやって遊び相手を見つけたりして、放課後を過ごした。

 遊び相手は主に飯山達だった。


「へえ、今日はクラブの練習ないんだ。私は今日は練習があるんだ――」


 さやかは残念そうに、呟いた。さやかのスイミングスクールの日は新体操クラブの練習の日とは違っていた。

 自然な流れで今日の放課後は、忍やさやか達と遊ぶことになるのかもと思っていたがあてが外れた。

 他の女子に声をかけるのは、まだ憚られできるなら二人についていきたいと思っていた。 

 だが忍も、都合が悪かった。


「今日の夕方、一緒にお父さんお母さんとお婆ちゃんで、食事にでかけるんだ」


 下駄箱のところで三人は上履きから靴に履き替える。


「そうなんだ、残念……」


 一人となると、このまま帰って一人家でゲーム……といって今の美乃理にとってやりたいゲームは無い。

 宿題もあっという間に終わってしまう。

 かといっせっかくの放課後を閉じこもっているのは嫌だった。

 新体操が無い日なのだから、この放課後という時間に何かをやってみたかった。





 美乃理たちが通学路の途中にある公園の脇に差し掛かった時だった。


「おーい、御手洗、楢崎、橋本」


 美乃理は呼ばれた名前の中に自分の名があることに気がついて、振り返ったとした。

 まだ声変わり伸していない、高めの声だが、威勢のよい元気な声だった。

 振り返るとそこには同学年の男子たちがいた。公園の滑り台の横に黒い塊のようにランドセルを集めている。

 その中心の男子の足下にはサッカーボール。

 その男子――美乃理たちを呼んだのは伊藤健一だった。


「なにやってるの?」


 さやかが聞き返した。

 よく見ると同学年の男子児童が周りに数人いる


「サッカーさ。俺たち、今日人数が少なくてさあ……集めたんだけど」


 話を聞くと、サッカーをやろうとしたが人数が集まっていないという。

 どうやら今日のクラスの男子たちは多くが飯山たちのグループについていってしまったという。

 多分玩具屋でカード遊びに行ったか、どこかの家でゲームに行ってしまったのだろう。

 飯山たちが遊びに行くルートは美乃理には想像がついた。

 みのるが経験したことだったから……。


「ったく……どっか行っちまいやがって」


 健一たちは、飯山たちに今日は遊ぶ相手を取られてしまったらしい。

 かといって健一は追いかけてまで、カードやゲームの遊ぶ仲間に入ろうとまでは思っていない。

 健一もカードが好きだが、それよりも好きなのはサッカーだった。


 飯山と健一は仲が悪かったわけではないが、趣向の違いからか、あまり一緒に遊ぶというのが無かった。

 

「なあ、御手洗たち、今日おれらとサッカーやらないか?」

「ごめん、あたし今日水泳なんだ」

「あたしも用事が……」


 さやかと忍は、断りを入れた。


「そっかあ、じゃあ御手洗は? あの体操とかってあるのか?」

「新体操だよ――」

「ああ、それそれ! それ。今日もあんのか?」

「ううん、今日は無い」

「そっか、じゃあ御手洗、一緒にやろうぜ」


 健一は周りにいる男子たちに振り返って、こいつ結構脚が早いんだぜと、実力をアピールしている。


 迷っていた。せっかくの自由な放課後だ。


「美乃理ちゃん、遊んで来たら?」


 耳元で忍がささやいた。


「えぇ!? いいの」

「美乃理ちゃん、昼休みとかはいつも健一君達の……サッカーやってるところをこっそりみてたでしょ?」

「そ、それは……」


 それは事実だった。美乃理は健一たちが校庭や公園でサッカーをやっているところを見て、みのるだったころに、昔やりたくてやれなかったサッカーを思っていた。

 今は美乃理、女子なんだから――

 さらに正愛学院三日月との約束もあったから、自分は新体操に専念すべきだと想っていた。

 さらには馴れようと必死だったから、そんな余裕も無かったのも理由にあった。


「誰もサッカーをやっては駄目なんていってないでしょ? 美乃理ちゃん……」


 確かにそうだった。別に禁止はされていない。

 健一たちと日が暮れるまでサッカーをしてみる――。


「いいの?」

 

 忍が促すようにうなづいた。

 そして美乃理の背中を押した。


「よし、来いよ、御手洗」


 先には健一が待ち構えている。


「でも、明日は一緒に新体操のレッスンに行こうね」


 送り出すとき、忍は笑いながらも、その声は真面目だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ