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第55章「美乃理(みのり)と厳しく楽しいレッスン」⑦

 育成コースの練習が終わった後、少しだけ美乃理は再び宏美と話をした。

 麻里、亜由美、忍の三人も一緒だ。


「今日の練習どうだった? 少しは参考になったかしら?」

「は、はい、凄かったです! もう憧れちゃいます」

「わたしも入りたいです! 龍崎さんも他の皆さんもとても綺麗でした」


 麻里と亜美がすかさず返事をした。

 皆まだ興奮が醒めやらない。

 微かに隣で忍もそっと頷いたのに美乃理は気付いた。

(シノちゃん……)

 宏美は美乃理にも視線を向けた。

 答えを求めているんだと、察して美乃理は咄嗟にささやいた。


「凄く、厳しい……ですね。コーチの厳しい顔、初めて見ました」


 美乃理は素直な気持ちを述べた。


「あら、うちのコーチはまだ優しいほうなのよ。他のクラブの厳しいコーチの中には、あんたみたいなグズはやめろ、とか罵声まで飛んで練習中に泣き出しちゃう子もいるらしいわ」

「そ、そうなんですか……」


 美乃理だけでなく麻里や亜由美も驚嘆する。


「うちの育成コースは、練習は週6日、大会前はほぼ毎日よ。土曜日も日曜日も……普通の子のように遊んだりはできないわね」


 流石に皆顔が引き締まった。あの厳しい練習が一日だけではない、毎日だ。甘くはないことがいやが上にも胸に響いた。


「練習についてこれなくて辞める子もいるし、有望な子でも辞めていく子がいる……。責めきれないわ。だから自分が何をやりたいのか、よく考えてね。一度しかない日々なんだから」


 素質、やる気、覚悟。その言葉一つ一つが美乃理の胸に響く。

 

「でも……私達は違うけど、ね、美乃理ちゃん」


 一度は踏み外した道を再びもう一度歩んでいる、美乃理と宏美にしかわからない秘密だ。


「え? は、はいっ」

「?」

「?」

「?」


 他の三人は宏美と美乃理の交わした言葉の意味がわからずキョトン、としていた。






 さすがに育成コースの練習まで見学した後はすっかり暗く遅くなってしまったので、忍の母親の運転で、車で自宅まで送ってもらった。お母さんには電話で連絡しといたから、と告げられ美乃理は忍の母に礼を言う。


「ありがとう、美乃理ちゃん」


 自動車の後部座席に忍と並んで座っていると、不意に車の外の景色を眺めていた忍が美乃理の方へ向き耳元でささやいた。


「!?」


 思わずその顔をみた。何かを決意したような忍の表情に驚いた。


「美乃理ちゃんのおかげで、龍崎さんの練習見られたもん」

「え、あ、うん……こっちこそ……一緒につきあってくれてありがとう」

「ううん、美乃理ちゃんのおかげよ。だってあたし、美乃理ちゃんがもしいなかったら……龍崎さんの練習を見る勇気がなかったと思うんだ。だって、運動苦手だもん」

「!」


 美乃理は思い出した。ついさっき宏美の育成コースへの希望の問いかけにわずかに頷いていたこと。

 忍が運動が苦手だというのは、クラスでも知られていたし、忍自身も承知していることだった。

 けれども、それでも宏美の問いかけに頷いてみせたのは、忍の勇気と心意気だった。

 そして、それは美乃理がいたからこそできたのだ、と忍は言うのだ。


「龍崎さん、かっこよかったね、わたしも育成コースに入ってみたいなあ、って思っちゃった。でも無理かな」


 やや恥ずかしそうに笑った。けれども、それは必死に打ち明けた忍の思いであることが美乃理にはわかった。


「そんなこと無いよ」


 自分が美乃理として、ここにいることが、ひょっとして忍の思いをわずかばかりでも、変えたのだろうか……。

 そう思うと咄嗟に叫んでしまった。


「一緒に行こう……」


 忍の手を握った。小さく温かいその手を。


「うん」


 忍が素直に握り返した。


「美乃理ちゃんから、手を握ってくれるのって久しぶりだね……」

「あ……」


 自分から忍の女の子の手を自分から自然に握ったことについて、言われて初めて美乃理は気がついた。


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