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第48章「美乃理(みのり)と宏美(ひろみ)と新体操」②

「やるべきこと、ですか」


 疑いようもない。龍崎宏美は同じ存在である。

 もう一人の自分が過去にいた。

 両親にも忍やさやかにも話せなかった秘密を、わかってくれる存在に安堵する思いだった。

 そしてずっと一人で募らせていた思いを告白できたことに、ようやく胸が晴れた。


 だが新たなものがまた前に立ちはだかった。

 一体何故自分が選ばれたのだろう。

 三日月先生の目的とは。

 そして宏美のように育成コースに入ってクラブの星になるのだろうか?


 唯一わかったことはどうやら明日目が覚めたら高校生のみのるに戻っていて、美乃理は夢でしたなんてこともなさそうだと。


「悩みがあったらいつでも言ってね、相談に乗るわ」


 一通り話が終わると後でまたクラブで会おうと、宏美は公園のベンチを立った。

 だいぶ日が傾いてきた。家に帰って今日のクラブの準備をしないといけないのだ。


「ほら、美乃理ちゃん。渋い顔しちゃだめよ」


 別れ際、神妙な面持ちになった美乃理に宏美は苦笑して頭を撫でた。


「さしあたって、美乃理ちゃんは、学校とクラブの両方を頑張ることね。どう? クラブにはもう慣れた?」

「え? あ、まだ、その……」

「キッズコースの時期は、簡単な柔軟と手具を触る程度よ。でもとても大切なことよ。今からきちんと基礎を身に付けないと、これから先も上達しないから練習はきちんと取り組みなさい。遊びの延長と思ったら駄目よ?」

「は、はい!」


 美乃理は声が裏返った。宏美には何もかも見通されるような気がした。


「発表会は私も行くからね」

「え? 発表会!? 龍崎さんも?」

「ええ、私だってクラブ生だからおかしくないでしょ? 育成コースの演技もあるわよ」

「そ、そうなんですか」


 美乃理に不思議な気持ちが起きた。

 両親にも、健一にも発表会に来られることに照れや緊張があったが、宏美には見て欲しいかも、と思った。

 今の自分の気持ちを共有できる存在に……。

 それに宏美の演技が見られると聞いて俄然発表会の楽しみが増した。

 自分がゆくべき道標を宏美がみせてくれるようにも感じたからだ。

 宏美は一体どんな様子で皆に新体操を見せるのだろう?

 去っていく宏美の後姿を見て美乃理は思った。


 レッスンが始まる前、花町センタービルのスポーツクラブの受付で忍と待ち合わせした。

 夕方でビルには、買い物客、会社帰りのサラリーマンや学生もチラホラみかける。


「美乃理ちゃん、ごめんね。一緒に帰れないで」

「ううん、いいよ」


 同じくジャージ姿でバッグを持ってやってきた忍は美乃理に会うなり、その手をぎゅっと握った。

 そんな些細なことで崩れてしまう信頼関係ではもうないとは思ったが。

 スポーツジムの会員の人たちも入り口に集まった女の子たちに、驚き、「新体操クラブですって……」「まあ、可愛いわねえ」とヒソヒソ話をしている。


「忍ちゃん、美乃理ちゃん!」


 後からやってきた少女に、手を振って応えた。


「あ、亜美ちゃん!」


 神田亜美。

 セミロングの亜美は今日は髪の毛を髪留めで留めていたので一瞬誰か迷ったがすぐに名前を思い出した。

 いかにも練習のためにつけてきたといった感じだ。確かに女子の長い髪の毛は練習の時気になる。亜美はそういうところによく工夫をする性質であった。

 亜美の周囲にも何人か少女がいて、その子たちも美乃理の周囲に集まる。


「今日も頑張ろうね、美乃理ちゃん」


 亜美も美乃理に会うやいなや、その手を握った。

 もうすっかり同じグループの仲間同士であった。


「知ってる? 忍ちゃん、美乃理ちゃん」


 亜美は二人の顔をみやりながら、とっておきといいたげに話し出した。


「何々?」


 忍は興味深そうに、応えた。周囲の子も聞き耳を立てる。


「今度の発表会、龍崎さんたちも来るんだって!」

「ええ、龍崎さんも!?」

「お母さんがコーチから聞いたんだ。龍崎さんも演技をするんですって!」


 目標、憧れの龍崎さんの前で演技して、褒めてもらいたい……皆そう思っているようだった。


「美乃理ちゃんにも、知らせたほうがいいと思って」


 ちらっとスポーツクラブの入り口に屯するもう一つの少女の集団をみた。

 それは朝比奈麻里を中心に輪になっている群れだった。

 恐る恐る、視線を送ると、一瞬、麻里たちもこっちを見たような気がした。

 向こうもみのりを見てるような気がした。


「ビッグニュースでしょ!」

「そうなんだ」

「あれ? あんまり驚いてない?」

「も、もちろん驚いたよ」


 既に誰よりもいち早く龍崎宏美本人から聞かされていたことは、言いそびれてしまった。 

 言ったらクラブ中からの嫉妬が凄そう。


 そして仲良く更衣室に入って着替えたとき、美乃理は思った。

 慣れは恐ろしい。

 レオタードを着たことによる恥ずかしさや戸惑いはだいぶ小さくなり始めた。

 そして逆に鎌首をもたげてきたのは、自尊心、自意識だった。

 亜美や忍、他の子たちは「頑張ろうね」と言いあいながら、前回教わったステップや回転の動きを練習している。

 元気に走りまわっている子もいる。


 そんな中で美乃理も鏡の前に立って改めて眺めた。以前に比べて自分をじっと凝視できるようになっていた。

 落ち着いて自分を見られた。この間までは10秒以上みていたら、胸も熱くなって顔も赤くなったけれど今はそんなことなかった。


 鏡の前に立っている、ピンクのレオタードを着た少女。ポニーテールの子。

 今の美乃理には女性らしい体つきはない。かろうじて股間にある一番大事な部分が違いを表しているぐらいだ。

 腰の括れや、胸の膨らみ。そういったものはない。

 けれども。

 なんと女の子らしいんだろう。可愛いかも。

 本当にこれが自分なのかと思う自分がいた。

 

「ふふ、美乃理ちゃん、今日は気合入ってるね」


 隣にいる忍もその水色のレオタードで自分の隣に立っている。

 そういう忍はくるっと周って自分の身なりをチェックした。

 美乃理も真似してそうした。

 くるりと回ってみて、背中のところに皺がよっていたので指でなおした。


「あ、美乃理ちゃんも、ハーフシューズ持ってるんだ」


 亜美が美乃理の足元を指差す、

 美乃理のその足には、つま先を覆う薄めのベージュ色のハーフシューズがあった。


「うん、母さんが買ってくれたんだ」


 母に足のことを言ったら、すぐに準備してくれたのだった。

 

「いいよねえ、これ」


 亜美もハーフシューズを履いている。他の子たちもほとんどが履くようになっていた。美乃理はむしろ遅いぐらいだったかもしれない。


「うん」


 前回練習で足を床に擦りすぎて赤くなってしまった。

 けれど、今はつま先にはハーフシューズがある。

 足のつま先だけが覆われるのは、不思議な感覚だった。妙な穿きごこちだ。

 だがこれなら足を存分に動かせそうだ。

 摩擦から守り、微妙な床の凹凸も和らげてくれる。激しい動きを守ってくれる。

 美乃理の少女の柔らかい、デリケートな足を守ってくれる。

 そして確かに綺麗に見せてくれる。

 より女性らしい柔らかみと優しさが増した。

 身が引き締まった。綺麗になった自分の足を見て、光景が呼び起こされる。そういえば正愛学院の新体操部員は皆着けていた。

 高梨先輩も、吉田さんも。

 これをつけると新体操のアスリートの一番端にいるような気がする。


「みんな、こんにちは」


 時間が来て練習場にやってきた柏原コーチがあいさつ。


「今日もレッスンをはじめましょう!」

「お願いしまーす!」


 少女たちが一斉に返事する。その中には、美乃理の声も混じっていた。

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