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第42章「美乃理(みのり)と笑顔とハーフシューズ」④

 その日のレッスンも終わり美乃理は帰り支度に取りかかる。

 まだ余韻が残っていた。

 着替えた美乃理は、やや乱れた長い髪を気にして何度も手ですくう。


 そして自分に変化が起きているのを感じていた。

 新しい世界へ繋がる扉が開かれそこへ一歩踏み出したような感じ。

 胸に不安はある。でももっと熱いものが胸に宿っている。

 終わった後の、とても充実したこの胸……。

 塾帰りに疲れた顔をして教室を去るときの空虚さとは比べようもなかった。

 周囲の子たちのような情熱が起こらず焦った美乃理ではあったが、それとは別の変化があることに満足感を得た。


「美乃理ちゃん、忍ちゃん、バイバイ!」


 神田亜美。亜美は別れるときに美乃理たち向かって別れの挨拶をした。

 亜美の周囲にも親しい友人が何人かいたみたいで、その子たちも一斉にバイバイと手を振る。


「ばいばい、亜美ちゃん、みんな」


 忍と一緒に手を振った。

 忍だけではない新たな絆ができたことが嬉しかった。

 自分が女子のグループの一員として認識されたことに、少し変な感じもあった。

 新しい友達ができた気がした。


「今度は亜美ちゃんと一緒にお話したり遊びたいね」


 忍も嬉しそうにしていた。

 美乃理ふとは思う。

 女の子が、こうやって絆を何度も確認する理由について。

(ひょっとして、その絆が儚いことを薄々感づいているからなのかも)

 出会ったら、いつかは別れる時が来る。

 だから手を繋いだり、おしゃべりをしたり、一緒に時間を過ごすことでその繋がりの強さを確かめあう。

 ふと美乃理は思った。

(いつかシノちゃんとも……)





 練習が終わり、帰宅した美乃理はまもなく帰ってきた母と夕食を済ませる。


「忍ちゃんにはお世話になっちゃってるわね、また送ってもらったんでしょ?」


 母は美乃理にクラブの様子をしきりに尋ねるた。

 美乃理がどんな練習をしたのか、他の子はどうしているのか。

 美乃理は戸惑いながらも、なんとか今日までの練習を説明した。

 あのステップ、バランス、ジャンプ。

 元々説明があまり得意な方ではなかったが精一杯説明した。

 母さんは新体操に興味深々のようだった。


「やっぱり美乃理にやらせてみて良かったわ」


 新体操クラブに入ることに初めは慎重だった母がこんなにクラブの様子について話しかけることに驚いた。


「母さんね、昔高校生の時一度演技を見たことがあって凄いと思ったのよねえ。でもうちの娘がやるなんて思ってもみなかったわ。これも美乃理が女の子だったおかげね」


 昔テニス部に所属していて、一度何かの大きな大会の時に同じ会場で行われていた新体操の演技覗いたことがあったらしい。

 その演じた選手の綺麗な黒髪、細く締まった体。そして抱いた憧れ。自分もやってみたいと思ったことすらあったという。


「凄く綺麗な人で、綺麗で美しいだけじゃなくて、とても凛々しかったのよねえ――、あの人って今どうしてるのかしら。話に聞くと名家の子だったらしいけど……ちょうど美乃理ぐらいの子供がいるはずね」


 あの人に女の子がいたら、きっと同じように新体操をやっているはずね、と母がつぶやく。

(母さんの学生時代なんてみのるは聞いたことも無かったのに)

 美乃理が娘だから、そして新体操――きっかけに母の記憶や思いが徐々に蘇らせたらしいい。

 母がみのるを嫌っていたとは思っていない。

 でも美乃理という少女になったこと、そして新体操を始めたことは確かに母との絆を深める要因であることは確かだった。

 話は発表会に及んだ。


「そう。発表会は市民体育館なのね。楽しみねえ」

「うん、来月の日曜日にやるんだって」

「とても楽しみねえ。美乃理の発表会、母さん必ず行くからね」


 言われた美乃理は少し体が震えた。

 新体操を始めることを許してくれ、さらに応援してくれる今の母に自分を見てもらうことになることに、今更緊張感が出てきた。

 期待に応えないといけない。


「頑張ってね」

「うんっ」


 お風呂の後、身が引き締まった美乃理は着替えて寝る前に練習をした。

 寝たまま足の指をタッチする。

 座ったまま足を広げ百八十度開脚したり、練習の時にやったストレッチや動作を一々思い出しながら体を動かす。

 練習の途中、玄関の方で音がした。


「お父さん、お帰り!」


 夜遅くに帰ってきた父に美乃理は挨拶をした。

 ただ何気なく、練習をやりながらだったけれど。

 やや草臥れたような表情だった父の顔に急に生気がよみがえった。


「何かいいことがあったのかい?」

「え? どうしてそう思うの?」

「美乃理が笑顔を浮かべていたからさ」

「え? あ、そう?」


 思わず顔に手をやった。どうやら自然に笑顔になっていたようだった。


「美乃理、ここのところ一人寂しそうにすることが多かったからな」


 父さは腰を降ろし、同じ目線の位置で美乃理の頭を撫でた。

 スキンシップを素直に受け取った。


「そ、そうだったかな?」


 今の美乃理にとって父の身長はとてつもなく大きく感じる。

 けれども、今の美乃理の方が以前より父を近く感じた。


「新体操……の練習か。今日もレッスン行ってきたのか?」

「うん」

「母さんから聞いたよ。発表会が近いんだってな。美乃理の練習の成果、楽しみにしてるぞ」

「え? 来てくれるの?」


 美乃理が笑うと、父さんが笑った。

 女の子の笑顔は魔法。

 みのるが滅多に見たことのない父さんの笑顔を見れた。

 美乃理は、その魔法を知った。

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