第35章「美乃理(みのり)と雨の教室」②
※この小説は男性から女性への性転換を題材にしています。それらの表現、描写がありますので、ご注意ください。
花町小学校の昼休みは全部で五十分、給食がだいたい三十分として残りが遊ぶ時間。ただし掃除当番は別。
速く食べ終えればそれだけ遊ぶ時間が多くなるので男子は早く食べ終えて、給食を片づけると我先に飛び出して遊びにでるのが定番だった。
昼休み後半はボール遊びや遊具などで遊ぶ児童で校庭はいっぱいになり、一番賑やかになる時間帯でもあった。
稔も一番楽しみな時間だった。
この時間だけは、他のみんなと遊べた。塾のことも勉強のことも忘れることができたから。
そして美乃理にとっても周囲と触れあうことのできる大事な時間だった。
昼休みのチャイムが鳴るとやはり教室の空気が一変した。
「さあ、給食室に行こう! 御手洗さん」
同じ班の吉村美佐が美乃理を手招きして誘う。
「あ、待って」
美乃理の班は、今日の給食当番にあたっていたので同じ班の子たちと給食の配膳の準備に取りかかる。
割烹着とマスクと帽子を取り出す。
給食帽をかぶる時、髪の毛を入れるのに苦労した。
美佐は上手に長い髪の毛を帽子の中に入れる。
美乃理も急いで髪の毛をまとめて帽子を被る。
着替え終えて美乃理も教室を出た。
配膳室には既に各クラスの食器や食缶が既に揃えられている。
他の教室の給食当番も既に並んでいる。
美乃理たちも順番に並んで調理員のおじさんやおばさんから1年2組の分を受け取る。
食器は美佐が受け取り教室へ運び出す。
同じ班の男子たちはパンや牛乳を運ぶ。
「よっと」
美乃理は残った食缶を運ぶ役を担った。
一番重いスープが入っている缶を持とうとした。
「く……」
結構重かった。今の美乃理の体でだせる力を過信してしまった。
美乃理の小さな手足や腕では支えきれない。
食缶を持って廊下を少し歩いたところで、もうフラフラと足がおぼつかなくなってきた。
すると。
ふっと重さが和らいだ。
「おい、無理すんなって、御手洗」
健一が食缶の握りを持っていた。
「あ、ありがとう。今日の当番じゃないでしょ?」
「馬鹿、落とされたら、俺たちの給食がなくなっちまうだろ」
「そうだね……」
重い食缶を二人で運んだ。
健一と美乃理力を合わせて運ぶと遙かに楽だった。
「気をつけろよ、御手洗」
「うん」
励まされると何故か力が沸いた。
(変だな……)
健一も子供だし力の差もまだ変わらないのに凄く嬉しく感じる。
男子に助けてもらうのが、とても頼もしく感じた。
「どうしたんだ? 顔に何か付いてるのか?」
「え? う……なんでもないよ」
いつの間にか、健一を見つめていたらしい。
健一は目を逸らす。
「……たく、あいつらも手伝えよ……」
さっさと自分たちの分を運んで教室へ戻ってしまった同じ班の男子たちに対して愚痴をこぼした。
「みんな残さず食べましょう」
「いただきます」「いただきまーす」
配膳が済み日直の男子と女子が前に出て、いただきますの挨拶が終わるとスプーンやフォークを取って一斉に食べ始める。
給食はパンと牛乳と、豆腐ハンバーグ、スープに野菜の煮付け、デザートにオレンジゼリーだった。
以前稔は貝が苦手だったのでメニューにある時は苦労した。けれど好き嫌いを抑えるぐらいには成長している。
「牛乳苦手なんだよね」
「ニンジン、嫌いだったよね?」
「美乃理ちゃんって好き嫌いないの? いいなあ」
ハンバーグはともかく野菜が苦手な子が多くて周囲の子は男子も女子も四苦八苦していた。
そして好き嫌いは悩むことはないが美乃理は別なことを心配していた。
―食べ方がなんとなく男の子っぽい―
家でもたびたび美乃理は母に注意されていた。
箸やお椀の持ち方や食べこぼし……何度も注意されているので
他の女子をみると全体、ゆっくりではあるが綺麗だった。
男子は元気よく勢いがよい。
今もあんまりがっつかないように少しずつ口に運びながら飲み込んでいく。
女の子は気が疲れる。
心の中で少しぼやいた。
「おーい、ゼリーが余ってるぞ」
健一の声だった。
今日は男子が一人欠席だった。そのせいで牛乳とゼリーが1個余った。
「!?」
「欲しい奴、集まれよ」
食事を始めている傍らで教室の一角で男子が集まり、じゃんけんが始まった。
一年2組では余った給食はじゃんけんで勝った児童が手に入れる決まりだった。
「シノちゃん、行こうか?」
美乃理は忍に声をかけた。
「!?」
「美乃理ちゃん!?」
忍は、ゼリーのじゃんけんで集っていた男子達を見ていた。
忍が甘いものが大好物だった。
(男子が多くて飛び込みにくいのかな)
確かにおかわりや余った牛乳デザートの取り合いをするのは男子が多かった。
稔もよくじゃんけんに参加して、運良く勝った時には勝ってデザートを手に入れたりしていた。
でも考えてみると女子はあんまり参加していなかったかもしれない。
こういうのは、男子が加わるものというイメージが当たり前のようにあった。
でも、本音はやっぱり女子も欲しかったのかもしれない。
「え? いいよ、別に……ほら、あたしぽっちゃりだし、太っちゃうと嫌だし」
「気にしちゃ駄目だよ、シノちゃん、ほらコーチもいってたじゃん」
柏原コーチは、最初の保護者・両親を交えたミーティングで食事は食べ過ぎず少な過ぎず、無理な食事制限はしないように、と戒めていた。
そのことを忍は言っているのだ。
(でも本当は欲しいんだよね)
ただ、今はどちらかというと女子が男子と一緒におかわりするのは恥ずかしいという気持ちが、大きいのだと美乃理は思った。。
「あ、美乃理ちゃん」
美乃理は席を立った。
「ようし、集まったか」
八人ぐらいの男子が集まる。
「ねえ、入れてよ」
「御手洗!?」
思わぬ女子の参戦に幾人かの男子達が驚いたようだった。
ライバルが増えて残念がる男子、珍しそうな顔をする男子。
なるほど、こんなに注目されるなんて……女子が及び腰になるのもわかった。
目の前の男子だけじゃなくて後ろから女子の視線を浴びているような気もする。
でも構わない。
昔、こうやってよくじゃんけんしたっけ、と懐かしくも思えた。
「お!御手洗か、お前も入れよ」
健一が輪の中に入れてくれた。
「ようし、じゃんけんするぞ」
作った輪の中で皆が腕をつきだす。
美乃理も腕を出した。
「じゃんけん、ぽんっ」
建一の号令が響いた。
「良かったね、美乃理ちゃん」
じゃんけんに勝ち席に戻ると美乃理が獲得したゼリーを見て忍が笑った。
「次からは、あたしも美乃理ちゃんと一緒におかわりしようかなあ……」
美佐ちゃんまで目を見張っていた。
「驚いたけど、美乃理ちゃんのそういうところ、ちょっと、いいなあって思っちゃった」
視線は感じたが別に女子がおかわりしても、なんともない。
女子であることで身につけなければいけないことは多いが、なんでもないことは気にしなくても……とも思う。そして美乃理は実証してみせた。
男子も女子も、これから成長していくのは同じなのだから。
「そうだ、半分個しよう、ほら」
「え? これ美乃理ちゃんのでしょ? いいよ」
「シノちゃん、一緒に食べようよ」
一緒に、という言葉を強調すると最初は遠慮した忍も美乃理の差し出したカップを手に取った。
食べかけのゼリーに忍はスプーンを入れる。
悔しがった男子の一人がその様子を見て、冷やかした。
「うわ、御手洗と楢崎が間接キスした――」
「いいのよ、女の子同士なんだから」
忍はまったく冷やかしを気にとめなかった。
「おいしいよ、美乃理ちゃん、ありがとう」
忍が受け取ったカップのゼリーを口にして笑った。
「妬むんじゃねえよ、潔く負けを認めろ」
「いてて!」
そして冷やかした男子に健一がげんこつを食らわせた。ゼリーの代わりに獲得した牛乳を片手に。




