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第34章「美乃理(みのり)と雨の教室」①

※この小説は男性から女性への性転換を題材にしています。それらの表現、描写がありますので、ご注意ください。


 その日の夢にも、あの不思議な少女が現れた。

 何故か椅子に座っている美乃理の横にその子も並んで座って語りかけてくる。


「よかったね! 美乃理ちゃん、発表会だって!? あたしも応援してるからね」


  まったく正体不明の彼女に話しかけられても、不思議と警戒心はわかなかった。

 妙に彼女には親しみがわくのだ。


「楽しみだね」

「う、うん……」

「あら、ひょっとして緊張してるの?」

「だ、だって……」


 美乃理の顔を彼女はのぞき込み、納得したように頷いた。


「そっかあ。今まであのみのる君は、そういうの全然やったことなかったもんね」


 そうなのだ。発表会なんてまったく縁がなかった。

 受験だけで学生時代を過ごしたみのるにとって、何かを人前で披露するのは初めてだった。

 やったことといえば、模擬試験ぐらい。

 大勢の前にでることを想像すると、期待もある一方、それ以上に不安を感じていた。

 ましてや新体操。


「きっと大丈夫だよ、うまくいくから」

「ありがとう」


 単なる励ましの言葉だと思って返事を返した。


「だって、わたしが美乃理ちゃんとずっと一緒にいるんだから――」

「え?」


 少女は美乃理の手を握った。


「辛くなったときには思い出して、わたしはいつも美乃理ちゃんを見守っているから」


 そして美乃理の顔をじっと真正面から少女はみつめた。

 はっきりと見えた。

 どこかで……会ったかな。

 いや会ったことはない。でも何か懐かしい、近しいような感じがした。

(君は……)






 朝から強い雨だった。

 美乃理が夢から目覚めた時から雨の音が外からザーザーと聞こえた。いつも窓から差し込む眩しい光はなく、部屋も薄暗かった。

 既に両親は出勤していて家には誰もいなかったので、シンとした家の中で一人朝食と支度をすませた。

 洗面台で眠そうな顔をした少女と鏡越しで向き合う。

 頭の長い髪が乱れに乱れている――美乃理はブラシを手に取った。


 みのるが美乃理となって、さらに時間が過ぎようとしていた。

 朝起きたら高校生のみのるに戻っているんじゃないかと思う日々が続いていたが、その気持ちも段々薄れてきていた。

 朝起きて美乃理でも、ごく当たり前だと思うようになっていた。

 それに従って朝の支度もなれてきた。

 長い髪を溶かすコツ、髪を紐で縛りポニーテールを作る方法、ずいぶん上手になったと自分でも思う。

 服もなんとなく自分の着るものというのがわかるようになってきた。

 今日は水色のスカートを選ぶこといした。

 前に穿いて行った時に反応が良かったから間違いない。

 元々タンスにあった服は美乃理が持っていたものだから、それを着ていけば間違いはなかった。

 女の子のファッションやセンスがわからなくても、それなりに通じる。ただ組み合わせは要注意だった。

 気づいたきっかけは、それらが上手く行くとダイレクトに忍が返してくれたからだった。


「今日の美乃理ちゃん、凄くいいよぉ」


 その選びが特にヒットした時にはさやかも反応を示してくる。

 クラスの他の女の子も。

 みのるの時にファッションに興味がなかった美乃理にも楽しさが感じられた。

 スカートやTシャツにも明るい色彩、可愛い刺繍をしたものが多く、一般的な女の子らしいものが多かったので、美乃理はそれを着るようにしている。

 そのうちに、色やデザインの組み合わせも考えるようになった。

 だが、一度ワンピースのひらひらの服を着た時のことだ。


「どうしたの? 美乃理ちゃん、今日は何かあるの?」


 忍からもさやかからもあきれたような顔をされてしまったことがあった。

 どうも外行きの服を来てしまったらしい。

 学校へ行くときは、動きやすさや自然らしさも、それでいて女の子らしいものを選ぶべき。

 時と場合を考えないとけないことを美乃理はその時に学んだ。

 ともかく、美乃理は朝の支度を済ませた。


「よし、こんなもんかな」


 ともかくも朝からやることが盛りだくさん。そのせいか美乃理は、ちょっと早起きになっていた。

 支度を終えた美乃理が、玄関のドアを開けるとちょうど忍がインターホンを押そうとしていた。


「おはよう、シノちゃん」


 忍は、傘を片手で持ちカッパを着てランドセルを背負っている。長靴も履いている。

 忍のランドセルにはやや雨の滴がついていて、水の玉を弾いていた。


「おはよう、美乃理ちゃん」


 ドアを閉めて鍵をかけて、玄関の忍のもとへ向かう。


「美乃理ちゃん!!」


 急に忍が驚いた顔をして叫んだ。


「何? シノちゃん」

「ほら、美乃理ちゃんも長靴とカッパ!」

「あ……」

「服が濡れちゃうよ?」


 忍に言われて一度空を見上げた。そこそこ強い雨が空から降り注いでいる。、


「え? いいよ別にこれぐらいの雨――」


 よほどの暴風雨でなければ雨はみのるは傘だけで学校へ通っていた。

 だから今日も、傘だけで良いと美乃理は思っていた。


「駄目だよ。今洋服を汚しちゃったら、大変よ」

「服を汚す……?」


 あまりピンとこない美乃理を察したのか、詳しく忍が話し始める。


「美乃理ちゃん、学校に行く途中、道路がデコボコしたところがあるでしょ? 車にしょっちゅうみずたまりの泥水をバシャッとやられちゃうから……いつもカッパをつけるようにしてたでしょ?」

「そうなんだ……」


 忍が強い口調で言うので、そうならば……と美乃理はまた玄関のドアを開け、戻った。


「あ、本当だ」


 玄関の靴戸棚とその上に、折り畳まれた黄色いカッパとピンクの長靴があった。

 特にカッパは母さんが使うかもしれないと、気を配ってくれたようだ。

 忍のいうとおり、雨がそれなりに強い日はカッパを使っていたようだ。

(……カッパと長靴なんんて久しぶりだな)

 美乃理は小さな長靴に足を入れた。

 体中、ガサガサした感じに包まれる。


「ごめん、待たせちゃって」


 忍が待ってくれているので早足で出ていく。


「急がなくていいよ、転んじゃうから」


 ようやく門を出て傘をさしてカッパ姿で一緒に並んだ。


「さあ、行こう!」


 いつもは手を繋ぎたがる忍も今日は傘を持っているので、その手を差し出さない。

 


 通学路は雨の中、登校する小学生達でいっぱいだった。

 色とりどりの傘が彩っている。

 そして傘が広がってる分いつもよりも歩道が窮屈だった。 

「おはよう、みのりん、シノ!」

「おはよう」

「おはよう! さやかちゃん」


 やがて、通学の途中でいつもどおりにさやかにも会った。

 途中の十字路で傘をさして待っていた。

 やはりさやかも、青いカッパをつけている。


「ねえ、みのりんとシノ、昨日も新体操クラブいったんでしょ? どうだった?」


 さやかが聞いてきたのはやはり新体操の話だった。とても気になっているらしい。

 前もうらやましそうにしていた。

 昨日の練習の様子を話すと、しきりにいいなあ、私もやりたいなあと漏らす。

 ついでに発表会の話もすると


「発表会を!? あたしも見に行きたいなあ」


 美乃理と忍は顔を見合わせた。

 昨日の話では、発表会をすることだけは聞いたが、詳しい日付と時間や場所、来る人などの細かいことはになっているかは聞いていない。


「今度コーチに聞いてみるね?」

「うん! お願い」


 そんな会話をしていた時に叫び声が周囲から起きた。


「おっと!」

「きゃあ!」


 急に、忍とさやかの小さな叫びと同時に横に黒い影が通り抜けていく。

 忍は思わず傘を離しそうになる。


「もう、気をつけてよ!」


 さやかが、通り過ぎていく影に向かって叫んだ。


「お前らが遅いからだろっ」


 よくみると、黒い影は、黒のランドセルを背負った児童だ。

 横で男子達が通り過ぎていったのだ。

 中には傘も差していないのもいた。

 美乃理たちのクラスの男子もいた。もちろん飯山たちだ。


「もう、男子ったら……なんで雨の中走り回って平気なのよ」


 さやかが、雨雲を仰ぎみて呟く。


「雨なんて嫌い」


 忍も同調するように頷いた。


「……そっか。そうだよね……」


 美乃理は雨は好きだ。

 雨の中でも走り回る男子の気持ちはわかる。

 びしょびしょ、泥だらけになるのがかえって楽しかったりする。

 こういう日、昔のみのるも面白がって傘を差さないで外へ繰り出したこともよくやったことがあって、母に服が汚れる、と注意されたことがあった。


 そして忍たちが雨が嫌いな理由も今の美乃理にはよくわかった。

 女の子は服を特に大事にしている。

 毎日選んで考えて学校や外出するとき着ていく。

 あれだけ選んだ洋服を、大事にしている洋服を泥で汚したら流石に落胆する。


 女子はみんな気をつけていたのか……活発なさやかでさえも洋服には気を使っている。

 大変だな……、と美乃理は思う。

 気楽に雨が降り注いでいる外へ無造作に出ることなんてできない。


「うわああああ!」

「ぎえっ!」


 男子の声とおぼしき悲鳴がひときわあがった。

 美乃理たちを追い抜き前を行った男子たちだが、脇を自動車がとおり過ぎた瞬間、大きな水たまりの水をはねた。

 バシャアアア、と豪快な水はねの音とともに、泥水がその男子たちに襲いかかった。


 その瞬間をみのりは目撃した。


「ほら、ね。ああいうふうになっちゃうでしょ?」


 忍が美乃理に耳打ちした。た。

 あれを喰らって今日一日あのままかと思うと、忍の言うとおりカッパを着てきて良かったと美乃理は思っ

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