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第32章「美乃理(みのり)とクラブの練習」⑥

※この小説は男性から女性への性転換を題材にしています。それらの表現、描写がありますので、ご注意ください。


 練習とはいえ完璧なリボン演技をやってのけた宏美に、キッズコース生たちはメロメロに魅了された。

 拍手は鳴り止まなかった。


「凄いわ!」

「綺麗――」

「あたしもあんなふうになりたいなぁ」


 沸き立った子供たちはすっかり熱心な宏美ファンとなった。

 柏原コーチは言う。


「皆も一生懸命練習をすれば、できるようになるわ」


 それに見ていた少女たちが元気の良い返事を返す。


「はあい!」


 キッズコースの女の子たちは皆が思った。

 練習をもっと頑張ろう、と。

(一体何が起きたんだ?)

 周りの子たちの返事が力強かったのに、美乃理は驚いた。

 空気が変わった。

 美しくかわいくなりたいというのは女の子の原動力だ。

 それを宏美は刺激し、幼い女の子たちを変えた。

(まるで魔法だ……)

 まだ幼いが、アスリートとしての意識を早くも芽生えさせた。

 美乃理は、その芽生えは無かった。確かに素晴らしいとは思ったが。


「頑張ろうね、美乃理ちゃん!」


 忍も女の子としての想いを宏美に刺激されて、興奮していた。


「あたし、もっともっと練習して龍崎さんのようになるよ」


 亜美の紅潮した顔からも純粋な決意が感じられる。

 きっと周囲の子たちはこれをきっかけに沢山練習するだろう。

(どうしよう)

 焦りすら感じた。

 今は思いの強さについては、他の誰よりも負けているとすら美乃理は感じた。

 そして柏原コーチも、龍崎が目覚めさせたばかりの新体操への情熱を上手に使い昇華させようとしている。

(このままだと……ボクは取り残されるかもしれない)

 練習場が沸き立つ中で美乃理は、そっと胸に手を当てた。

 自分の中にある男子高校生の記憶。

 どちらかというと既に高校生としての知識と経験がある分、自分は有利だと思っていた。

 だがその優越感は根拠のないものだった。

 みんなのように純粋な女の子の想いを刺激されて、情熱をたかめることはできない。 


(無理だよ、だって……ついこの間まで稔だったんだから……)


 体は女の子でありながらも、胸には女の子の情熱が湧いてこない。少年の想いはあれども。

 そしてそんな美乃理の気持ちを宏美は見越しているかのようだった。

(間違いない。やはり、あなたは他の子と違うわね……)

 そう言っているように思えた。

 そして美乃理は思った。

(まさか、さっき宏美さんが言っていたボクにみせたかったものがこれなの?)


「皆さん、龍崎宏美さんにお礼をいいましょう」

「ありがとうございました!」


 ホールに声が響いた。


「みんなもいっぱい練習してね」


 宏美さんは笑顔でキッズコース一同に一礼する。

 その後も周りの子が宏美につきまとっていて、またも美乃理には宏美に話しかけるチャンスは無かった。

 けれど、その隙間を縫って宏美が美乃理にこっそり、また耳打ちした。


「また今度二人でゆっくりお話ししましょう」

「!?」


 驚く美乃理をよそに宏美はこの後の育成コースの練習を黙々と始める。


 さらに。

 練習の終わりのミーティングで柏原コーチから告げられた。

 三ヶ月後に発表会が控えている。

 近辺の町の新体操クラブが集まって演技を披露する発表会が開かれる。

 それを目標に練習を頑張りましょう、と。

 わあ、と歓声が上がった。


「お疲れさま」

「先生、さようなら!」


 挨拶を終えてキッズコース生は帰り支度に入る。

 宏美に刺激され目覚めた情熱も冷めないうちに、告げられた初めての晴れの舞台に、周囲は色めき立っていた。

 一方の美乃理は今日のレッスンで複雑な思いが胸に残り騒ぐ気持ちになかった。

 練習では色々なことを学んでまた満足してかえるはずが、最後の宏美とのやりとりがそれらを吹き飛ばすような衝撃だった。

(宏美さんって……それに……)

 胸にめばえない情熱。

 帰りはまた忍と、迎えに着た忍の母と一緒に帰ることになった。二人ともジャージに着替えてから家路につく。


「発表会まで頑張ろうね、美乃理ちゃん。ああ、凄く楽しみ――」


 忍はまだ宏美に目覚めさせられた情熱で、興奮冷めやらない。

 当然発表会のことを美乃理にも話す。


「うん」


 美乃理には、胸に別な思いがこみ上げてきていた。

(発表会……本当にボクが新体操の発表会に……でられるのだろうか?)

 身体能力や技術だけでは測れない、周りの女の子たちとの大きな違いが壁として立ちはだかっていることを感じた。

 そして龍崎宏美の正体と目的。


(ああ、もう……)


 いくつかのクラブと合同でやるささやかな発表会だという。

 美乃理という少女として、また新体操の一アスリートとして。

 これまで一歩一歩ずつ上った階段の先の一つの頂に立つのだ。

 当日は美乃理と同じ少女たちが、忍も、麻里も、他のクラブの子もレオタードを着て精一杯演技を見せるのだろう。

 そして自分も負けずにその舞台に立てるのか。


「あら、今度発表会なの? 早速お父さんにも来るようにいわなきゃ。そうだ、せっかくだから、おばあちゃんも来れるかしら? 最近外でられないけど、忍のせっかくの舞台だから……」


 忍は、忍のお母さんにすぐ発表会のことを話した。必ず行くと即答だった。

(おばあちゃんか……)

 忍にはおばあちゃんがいたことを美乃理は思い出した。


「美乃理ちゃんは、まだ会ったことないわね? とっても優しいおばあちゃんよ」


 忍の話では最近は調子が悪くあまり外出はしていないが発表会までには良くなってるだろうとのことだった。

(シノちゃんのところはきっとまた家族揃って来るんだろうなあ――)

 帰ったら美乃理も自分の父と母に報告しないといけないと思った。

 まだ自分がちゃんと出られるのか、また父と母はそれに来られるのか。

 何もかもがまだわからなかった。

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