第31章「美乃理(みのり)とクラブの練習」⑤
※この小説は男性から女性への性転換を題材にしています。それらの表現、描写がありますので、ご注意ください。
まだ確証はない。
けれども龍崎宏美がそうであると、何故か確信めいたものがあった。
「どうしたの? 美乃理ちゃん」
「う、ううん……」
宏美は、相手をせがむ麻里の柔軟練習の相手をしていた。
もう一度、美乃理は床に仰向けになりブリッジを作った。
そして言葉を一つ一つ思い出す。
「ただがむしゃらにやるだけでは駄目よ。自分がどうみられているか、そしてどう見られたいかを考えてみなさい」
つい少し前まで稔だった美乃理には、自分を女の子として美しくすることへのイメージがまったくできていなかった。
ほんの一月、生まれたばかりのちっぽけな自我だ。
美乃理は女子という存在としては、麻里にも忍にも及ばない。
そう思うとまだまだ練習を積み、そして戸惑いをなくさないといけない。
「美乃理ちゃん、凄い。さっきよりも綺麗になったよ」
忍は感嘆の声を漏らす。
「ううん……まだまだ……」
やがて、美乃理は再び同じ技をやってのけた。
感覚を掴めば後は楽だった。
隣では麻里が、さらに綺麗な形でやっていた。
結局、手助け無しでできたのは、やはり美乃理と麻里だけだった。
麻里はブリッジからの起立動作も優雅にやってのけた。
(やっぱり上手い。初めてこの技に挑戦したのは、自分と同じなのに……)
麻里の動きを美乃理も見つめた。
ブリッジから起きあがるときの体の動き、指先、つま先までブレが無い。
美乃理は自分自身よりも技術があることを認めた。
単に才能だけでなくて、普段からの心がけ。もっと上手くなろうという気持ち、新体操への思い。それらが美乃理よりもずっと上なのかもしれない。
皆が拍手をする。
「麻里ちゃん、凄い」
美乃理は、周りの女の子達と一緒に拍手をした。
「!?」
麻里はライバルの美乃理が送った言葉と拍手に驚いた顔をした。
「みんな、今日はせっかくだから龍崎さんの練習を見せてもらいましょう」
練習が終わりに近づいた頃、柏原コーチが告げた。
「いいわね、龍崎さん」
「はい」
宏美は迷いなく即答した。
その迷いの無さにも驚かされた。
自分だったら恥ずかしくて断ってしまうかもしれない。
だが宏美はアスリートだから、自分が演技をみせるのは当たり前のことのようにとらえている。
「凄い、龍崎さんの演技が見られるなんて」
麻里も目を輝かせる。
他の子も喜んだ顔を浮かべている。
リボンを手にした宏美がゆっくりとホール中央に移動する。
小さな少女達が見守る中で、演技を始めた。
「うわあ、素敵」
今日までに美乃理たちが学んだ動作よりも、もっと綺麗で難しい動きをした。
ジャンプは大きく体は柔らかくしなり多彩な動きを繰り広げる。
それに加えてリボンは大きく円を描き、らせんから複雑な形へと変形する。
体の一部のように自在に動いた。
(体を動かすだけでも大変なのに……)
龍崎宏美はそれでも小学生。しかしその演技はもうあの正愛学院でみた演技と同じと思えるぐらいに華麗だった。
「あれが、選手育成コースの演技なんだ……」
リボンの回転、動きも音楽にぴったり合っている。
一度演技の合間に気付かれないわずかな瞬間、美乃理をちらっと見た。
やはり自分を見ている。
(どう? わたしの演技は? あなたもこうなるのよ)
そんなふうに言っているように感じたので、美乃理は小さく頷いた。
(素晴らしいです、ボクにはとても無理……)
伝わったかどうかわからない。
美乃理があそこまで到達するには、もっと長い道のりがあることを知った。




