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第30章「美乃理(みのり)とクラブの練習」④

※この小説は男性から女性への性転換を題材にしています。それらの表現、描写がありますので、ご注意ください。


「龍崎……宏美さん」


 レッスン場に現れた少女はクラブ期待の星、龍崎宏美。

 周りの子たちもガヤガヤとざわめく。

 その宏美は身体を崩して床に横たわる美乃理の傍らに立った。


「美乃理ちゃん」


 そして語りかける。


「ただ力任せでは、ブリッジ立はできないわ。力を入れる際は、バランスを考えなさい――」


 そして膝をついて足、ちょうど太腿の部分を撫でた。

 それは美乃理へのアドバイスだった。


「さあ」


 宏美が促す。

 美乃理はもう一度ブリッジを作った。


「最初は足、特に太腿に力を入れて、次に腕を一瞬抜くの」

「……」


 まだ半信半疑だけれど、何故か宏美の言葉は説得力を感じた。


「そう、思い切って身体を起こしなさい」


 美乃理は言われたとおりに身体の力を抜いて、腕の力を抜いた。


「大丈夫、あなたならできるわ」


 龍崎に励まされ意を決して足に力を込め、起きあがった。


「わ、できた」


 一瞬身体が浮き上がるような感覚になったが、すぐに平衡感覚が戻ってきた。

 美乃理は二本の足で床に立っていた。

 助けを借りずに、美乃理はブリッジから起きあがったのだった。


「美乃理ちゃん、やったぁ!」


 忍が叫んで、ようやく美乃理も技に成功したと実感し達成感に包まれた。


「やった!」


 思わず美乃理も、手を握りしめガッツポーズの仕草をした。

 周りの子も美乃理の成功に、喜びと驚きの声を漏らす。


「あ、ありがとうございます……龍崎さん?」

「どういたしまして、御手洗美乃理さん」


 美乃理は、初めて龍崎宏美の姿を見あげた。

(綺麗……)

 改めて宏美を美しいと思った。

 そして大きい。

 宏美に目の前に立たれるとその違いが、さらに明らかだった。

 幼い身体の美乃理と既に女性として成長を始めている宏美とでは、ここまで差が出るものなのか。

 身長の大きさだけではない。

 身体はお子様サイズであることは既にこれまでさんざん身に染みた。

 雰囲気、振る舞い、何もかもが女性であった。

 果たして自分もやがてこうなるのだろうか? と美乃理は思うのだった。


「どうして、名前を知ってるんですか?」

「さっき、柏原コーチに聞いたわ。それにさっきからみんなが美乃理ちゃん、頑張れ美乃理ちゃん、って言ってるから」


 口に手をあてて笑った。


「あ、そうですね……」


 さらに質問をしたかった。

 アドバイスは嬉しかった。でも、一体何故他のレッスン生の中から自分を特に選んだのか……美乃理は首を捻る。


「あなたには、もう一段手助けが必要だと思ったからよ」

「助け?」


 そんな思いを見越したのか龍崎は美乃理にだけ聞こえる声で、そっとささやいた。


「女の子であることにまだ戸惑いと迷いがあるあなたにね」

「!?」


 美乃理の瞳が一瞬揺らいだ。

 宏美は、耳元でなおも囁く。


「あなたは、まだ新体操のスタートラインに立ったばかり。高みを目指すには、もっともっと練習が必要だし、迷いに向き合わないといけないから」

「そんな……」


 宏美は明らかに知っている。

 美乃理の胸には十字架の存在が秘められていることを。


「だから、少し手を貸してあげたのよ」


 その心の重りを和らげるために手を差し伸べた、と宏美はいうのだ。

 心の奥底を急に突かれたようで、美乃理は唇が震えた。


「わ、わかりません。何が言いたいのか……」

「ふふ、わからないなら、これから見せてあげるわ。そしたら美乃理ちゃん、あなたはきっと気付くと思うわ。自分と他の子の違いに」


 美乃理の肩をぽん、と叩いた宏美は透き通るような笑顔になっていた。

 ほんの少し交わした宏美との会話は、美乃理の心の奥底に触れるものだった。


「龍崎さん、熱心ね」

「コーチ、邪魔してすいませんでした」


 宏美は詫びつつレッスンから外れる。


「いいのよ、この子たちのアドアイスをしてくれて……面倒見が良いわね」




 はっとして美乃理は龍崎を呼び止めようとした。


「ひ、宏美さん、あ、あなたは……」


 美乃理は知りたくなった。

 ここまで美乃理の状況と心境を適切に把握し言い当てることができた彼女がいかなる存在なのか。

(まさか……)

 一瞬ある予測が美乃理の頭をよぎった。 

 龍崎宏美を呼び止めてもっと話しをしたい衝動に駆られた。


「あの……ひ、ひろ……」


 けれど、美乃理の声が届く前に龍崎は、他の子にも捕まえられる。

「龍崎さん! 龍崎さん!」

 名前を連呼してかき分けるように龍崎の前にでたのは、麻里だった。


「ええ……と朝比奈、さんだったわね?」

「はい、朝比奈麻里です」

「良かったわ、あなたの動き。安定してるし申し分ないわ。キッズコース一番よ」


 褒められた麻里は、いつものきつい調子はどこかへゆき、まるで従順な猫のようだった。


「あ、ありがとうございます!」


 顔がこぼれおちそうなぐらいに綻んだ。


「龍崎さん、ずるいです。なんで御手洗さんにだけ……あたしにも新体操教えてください!」


 遠巻きに、美乃理とのやりとりを見ていたようだ。

 そして自分を置いて美乃理に声をかけたことに嫉妬していた。


「ええ、いいわよ」


 宏美は、麻里の希望にも快く応じていた。

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