第27章「美乃理(みのり)とクラブの練習」
※この小説は男性から女性への性転換を題材にしています。それらの表現、描写がありますので、ご注意ください。
「可愛い」
健一からその言葉を聞いて、しばらく沈黙していたらチャイムが鳴った。
「じゃ、じゃあ、これで行くから」
「あ、ちょっと待てって……あ……」
美乃理は、教室へ全速力で戻った。
スカートが揺れるのも気に留めなかった。
「可愛い」と言われた。
その言葉が、ずっと頭にこびりついていた。
悪い気はしない。だが美乃理は悩んだ。
(ボクは、このまま女の子としてずっと過ごしていくのだろうか)
そして男の子を好きになるのだろうか?
頭を振った。
そんなこと、考えられない。
考えなくたっていいじゃないか。
(今のボクは、まだ小学一年生なんだから)
翌日、二回目のレッスンがやってきた。
花町センタービルの中にある体育ホールは、またあの熱気に包まれていた。
再びレオタードを着た幼い女の子ばかりが集う。
その喧噪の中に美乃理と忍もいた。
まだ会話したことの無い子もいて、次々に声をかけられる。
「こんにちは、御手洗さん」「美乃理ちゃん、よろしくね」
この間は皆様子をうかがって控えめだったけれど、二回目の今日はうってかわって親しげに話しかけてきた。
その変わり方に美乃理は驚いた。
何故、自分がこんなに周囲から気にかけられているのだろう。
不思議がっている美乃理の横で忍がささやいた。
「美乃理ちゃんは目立ってたからねえ」
そうこうしていると、あの自信とほんの少しのライバル心が混じる声が美乃理に投げかけられた。
「御手洗さん、こんにちは」
自信たっぷりな表情と不敵な笑みを浮かべて後から現れたのは、朝比奈麻里だった。
この間の初めての練習で美乃理と同じくキッズコースのメンバーで頭一つ抜け出ていた子だ。
周りに数名の女の子たちもいて、既に麻里にも取り巻きができているようだ。
「こ、こんにちは、朝比奈さん」
少し引き気味に挨拶をした。
(完全にライバル視されてるよね、これ)
麻里にじっと見つめられる。
愛想笑いで返した。
「相変わらずね、そのきょどきょどしてるの何とかならないかしら」
ふん、とそのまま着替えに向かっていった。
「気にしちゃだめよ。美乃理ちゃんにプレッシャーかけてきてるんだから」
忍に耳打ちされたが、苦笑いするしかなかった。
(なんだか、少女漫画のヒロインみたい……)
レオタードに着替えた麻里は、また様になっていた。
姿勢も歩き方も綺麗だ。
普段から、気を付けているらしい。
(やっぱりバレエをやっているのは伊達じゃないなあ)
美乃理も、着ているジャージのファスナーに手をかけた。
ジャージから腕と脚を出し、身体を晒す。
美乃理もまたレオタード姿に変わる。
(まただ……またこの姿になる時が来た)
格別に胸が高鳴る――。
レオタードを再び着た。
体を包むレオタードが今美乃理の胸もお尻も、優しく包んでいる。腰のフリルは、スカートよりもヒラヒラ揺らめいている。
(またこの感覚)
恥ずかしさと、喜び、戸惑いが入り交じった、例えようもない感覚だった。
そして、周りからの視線を今日はさらに感じる。
(見られている……)
美乃理の小さな素足が冷たい床を踏みしめる。
「やっぱり美乃理ちゃん、かわいいな……」
忍のため息をつくような声が漏れた。
「シノちゃんも可愛いって」
「ありがとう」
一方の忍は水色を基調としたレオタード。元々、ぽっちゃり体型では、美乃理よりも丸みを帯びているが、普段の格好よりも着やせしていて、可愛いかったのは事実だ。
時間が来ると、クラブコーチの柏原先生が現れた。
「みんな、こんにちは。今日も練習、がんばりましょう」
「はーい、先生」
一斉に元気よく返事をするキッズコースの女の子たち。
見学の大人は前回よりもずっと減っており、ほとんど子供たちばかりの空間となった。本当のレッスンは今日始まった。
不安と期待に溢れていた顔は、今日は真剣さをました瞳になっていた。
初回と違って、今回はレクリエーションはそこそこに、早速練習が始まった。
「さあ、皆、この間の動きをもう一度やりましょう」
準備体操も兼ねて前回のおさらいから始まった。
難しい動きなどはなかったので、美乃理もこなしてゆく。
柏原先生は丁寧だった。
子供たちの動きを常にチェックしてお手本を示してくれる。
そして一緒に踊る。
美乃理はその女の子たちの中にさらに溶け込んでいこうとしている。
(不思議……前と全然違う)
前回は緊張でがちがちだった体が今日はよく動く。
レオタード姿で、女の子に交じってやることに戸惑っていた自分が別物のようだ。
「はい、今のもう一度やってみましょう」
リズムに合わせて動かし、飛び跳ねる。
一生懸命体を動かしているうちに、徐々に恥ずかしさはなりを潜めていく。
気分は高揚し、胸が雲のない青空のように清々しくなる。
女の子に小学生になった自分が、新体操のレッスンを通じ新たな自分へと成長していく。
それを実感できる。
もっと華麗に動いてみたい。もっと可愛く。




