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第26章「美乃理(みのり)と男子と女子(後編)」

※この小説は男性から女性への性転換を題材にしています。それらの表現、描写がありますので、ご注意ください。


 みのるは小学校一年生だった時は一年2組に在籍していた。

 一クラス三十人で、担任は斉藤という女の教師だった。

 年配ではないが若くはなかったと思う――

 忘れ物をしたり宿題を忘れるとすぐ立たせて叱責する。

 厳しいことで評判だった。

 廊下を走ったり、持ってきてはいけないゲームなどを持ち込んて見つかると、この斉藤先生にこってり怒られるのだ。

 小学生低学年でも、そのうち男子の間では「ババア」とか「おばさん」とか陰口をたたくようになったのを覚えている。

 でもその二年後には、どこかへ転任していって思い出すこともなくなった。

 


 美乃理のクラス、1年2組の教室でちょっとした事件があった。

 昼休み、給食が終わった後に教室では掃除が始まる。

 机を後ろ側に集め、箒で床を掃いてモップをかける。

 それが終わって、ようやく昼休みになるのだ。

 その掃除の時間、美乃理は、忍と一緒に箒をかけていた。


「ねえ、美乃理ちゃん、明日はまた一緒にクラブに行こうね?」


 やっている最中に忍が話しかけてきた。明日は新体操クラブのレッスン日であった。


「うん」


 やりとりを聞いていたさやかが割り込んできた。


「あ、そうなの? じゃあみのりんとシノも一緒に行こうよ。明日はちょうどあたしも、水泳教室があるんだ」


 おしゃべりは続く。

 そちらに気を取られて、他のことに、あまり気が行っていなかった。


「ちょっと、あんたたちもちゃんと掃除をしなさい!」


 3人のおしゃべりを止めたのは、金切り声。

 委員長の松本さんの声が教室に響いた。

 かけている眼鏡が光る。


 一部の男子グループが掃除をさぼりカードゲームに興じていた。

 教室の正面の教卓にそれぞれのカードを広げている。

 美乃理にはすぐにそれが何のカードゲームか何かわかった。

 テレビでやっているアニメをモチーフにしたカードゲーム。

 ちょうどこの頃、男子の間で大流行したゲームである。

 みのるも一時期、周りのその流行に併せて集めていたからよく知っている。

 

「うるせえな、委員長」

「眼鏡女」

 

 松本さんはひるまない。


「カードゲーム、禁止のはずよ? なんで学校に持ち込んでるのよ」


 厳しく男子を責めている。他の真面目に掃除をやっている女子の気持ちを代表しているのだ。


「まったく、しょうがないね、男子たち……」


 忍がため息をついていた。その声が、美乃理の心に突き刺さった。

 実は、心当たりがあった。

 あの禁止されたカードを稔だった時は、よく持ってきていた。

 稔も、何から何まで、模範的というわけではなく、悪友に引きずられたこともあった。


「掃除はみんなで協力してやる決まりでしょ? 割り当ての雑巾掛けとゴミ運び――」


 松本さんが攻める。男子たちは反論ができない。


「いつもいつもあなたたち、さぼって遊んで――」


 攻撃がきわまったとき、たまりかねた。


「う、うるせえ!」

「ブサイク!」

「眼鏡女」


 無茶苦茶な罵倒をする。

 度の強い眼鏡をかけていた松本さんの表情は変わらない。


 正しいのは松本さんの方だった。


「まったく酷いこと言うね、美乃理ちゃん」


 忍は見守っている。


「うん……」


 美乃理は胸を押さえた。

 酷い言葉を投げかける男子はかつての自分にも重なった。

 自分が松本さんに罵声を浴びせているみたいに――。

 今は女子の側にいる分、なおさら申し訳ないという気持ちにさせられてしまう。

 だが松本さんも、背筋をピシっと伸ばし男子に対峙している。

 少し眼鏡をかけなおしただけで、怯まない。


「言いたいこと、それだけ? ならさっさと掃除しなさいよ」


 男子達は、顔を歪める。


「く……」


(強いな……松本さんは……)

 松本さんは、あまりみのるの時に会話を交わしたことがなかった。

 結構規則にうるさい子という印象しかなかった。

 そして美乃理も松本さんとはこれまで直接接する機会があまりなかった。

(あ……)

 美乃理はふいにあることを思い出した。

 覚えている。この事件、途中で突然斉藤先生がやってくる。

 そして男子を一喝する。正否は明らかで、当然のごとく先生、怒る。

 この後、その場でカードを持っていたのが見つかった者は取り上げられる。

 確かみのるは慌ててランドセルの中に入れて助かった。

 だが健一は、男子たちの輪に加わっていたわけではないが、たまたまカードをポケットに入れていて、それが運悪くはみ出していて見つかってしまう。

 珍しいカードを手に入れたばかりで、それを自慢するために、たまたま持ってきていた。

 そして健一も、巻き込まれて不運にもカードを取り上げられてしまうのだ。

 この時期の男子はこっそり学校に持ってきていることが多かった。

 そして健一もレアカードをごっそり没収されてしまった。


 その健一が今また集積場にゴミを捨てに行って、暢気に戻ってきていた。

 ズボンのポケットには案の定、カードがチラチラ見えている。

 レアカードだ。

 わずかに覗ける絵柄から、何のカードかも美乃理にもわかった。

 キングドラゴン。

 能力を無効化する特殊設定があるんだっけ。


「健一! 斉藤先生が来るよ」

「え? や、やべ!」


 ポケットを慌ててまさぐる。


「それ、預かるよ」


 美乃理は手を差し伸べた。


「え? あ、頼む」


 健一はポケットのないTシャツに、小さいポケットの半ズボン。

 完全に隠す場所がない。

 そっと美乃理がカードを受け取り、スカートのポケットに隠した。

 美乃理と健一のやりとりを見ていたのだろうか。横にいた飯山も隠していた。


「こら! あなたたち、しっかり掃除しなさい」


 直後、斉藤先生の声が響いて教室の空気が凍り付いた。

 続いて、カードゲームも次々に見つかってしまう。

 ここまではみのるの時と同じ。

 斉藤先生は、その場でカードをだしていた男子をしかる。

 お説教が始まる。


「伊藤健一君、あなたは、何も持ってないようね」

「も、持ってません」


 ポケットをみせて斉藤先生に潔白をアピールする。

 すんでのところで、何も持っていない健一は難を逃れた。

 

「あなたたち、これは没収よ」


 見つかってしまいカードを取り上げられた男子は斉藤先生に、さらにこってり怒られた。

 男子と女子に生じたいがみあいは、あっさり終わった。

 渋々、掃除道具を手に取った。


「ありがとう、御手洗。助かったよ。あれ、取られたらやばかったんだよ」


 掃除が終わり、昼休みでみんなが運動場にでようとしていた時、健一は美乃理に何度も礼を言った。


「大丈夫だよ、健一。……あ、建一君。でも結局後で返してもらえるけどね」

「そうなのか?」

「うん、流石に盗っちゃうことはしないって。でも三日ぐらいは返してもらえないかな……」

「へえ、でも三日も我慢できないな」


 そして健一は不思議そうにした。


「でもなんで、助けてくれたんだ? 御手洗」

「うーん、それ、健一には大切なものでしょ?」


 美乃理は知っている。ただのカードだが男子にとっては、宝物だった。

 集めているときは熱中し、真剣だった。楽しみもあった。


「へえ……お前って優しいな」

「え?」

「女子ってカードに興味ない奴が多いし。そう言ってくれたのってお前が初めてだよ」

「ふふ、そうかな?」

「お前って面白い奴だな。そっか……お前が男だったらって思っちまった。もっと一緒に遊べたのになあ」


 その言葉にちょっと複雑な影が差した。

 今、もし男子だったら健一とはどんな風になっていただろう。でも、今の美乃理は女の子である。


「ところで、女のスカートって、そんなところにポケットがあるんだな」


 話はまた代わり、建一は興味深々に美乃理の腰元を眺めていた。

 さっき美乃理がとっさにカードを隠したポケットだ。


「え?ああ、うん、ここにポケットがあるんだよ」


 スカートにポケットがあることは、美乃理も穿くようになって初めて知ったことだった。


「へえ、面白いな」

「俺のうち、女は母ちゃんしかいないからな」


 健一の家は確か、弟が二人いたはずだ。


「健一も、スカート穿いてみれば、わかるよ――」


 スカートの裾をつまんでみた。美乃理も今は前よりも違和感、抵抗感はなくなってきたが、まだまだ慣れるまではいっていない。

 建一にも教えてやりたい。なんともいえない涼しさ、穿き心地。

 きっとびっくりするだろう。


「無理無理、俺は女じゃないからな。それに別に女になりたくないし」

「ふうん、なんで?」

「立ちションできないからな。女は、これが無いからな、不便だろ?」


 建一は股間に指をさした。


「うーん、そうでもないよ。別に慣れれば、それほど不便でもないし」


 男の子を健一に強調されたから、そうでなくなった美乃理は少し言い返してやりたかった。

 哀れみは不本意だから。

 ついうっかり健一に乗せられてしまった。


「付いていない今の方がすっきりしてていいかも」


 小声でそっと呟いた。そしてやや内股気味に。


「うん? なんだよ、お前は知らないだろ、まるで知ってるみたいな言い方だな」

「ふふ……」


 悪戯をするような瞳で建一を見つめ、笑ってみた。

 建一は、視線を逸らす。


「そ、それよりさ、御手洗って、新体操ってやつやってるんだろ?」

「うん」

「頑張れよ、俺、今度サッカーチームに入るつもりだけどさ、お前が男だったら絶対誘ったんだけどさ、でもいいと思うぜ。お前、その……一応かわいいし」


 健一は、視線を逸らしたまま、ややたどたどしくなった口調だった。


「う、うん、ありがとう」


(かわいい?)

 美乃理もどう答えていいのかわからないから、曖昧な返事をした。

 男の子とこんなに会話をしたのは久しぶりだった。

 そして会話は楽しくも、何故かぎこちなくも感じた。

 もっと普通にしゃべれると思ったけれど、男子同士の時とは違う何かがあるように思えた。

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