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第22章「美乃理(みのり)と初めてのレッスン」③

 龍崎宏美。

 ホールの中心で練習に集中している少女に美乃理は眼を離せなかった。

 まとめた黒く長い髪が体の動きに合わせて揺れる。

 動き1つ1つが、洗練されている。ただ動かしているだけではなく計算され尽くしている。

 ほんのわずかな指先の動き、体の揺らぎも全てあの人の演技。

 体はまだまだ子供でも既に新体操のアスリートといえる域にあった。

 まさに優雅に、女性の美を表現する。


 美乃理の視線は吸い寄せられた。

 手のボールはいつの間にか背中から体を滑り足へ。

 再び足の先から手の平へ。

 そして大きくジャンプすると同時に、天井へ放り上げる。

 一度優雅に回転した後、床に寝ころび、ポーズを決める。

 延ばした手にボールが落ちてきて、その手に見事収まった。


「凄い!」


 拍手が自然と上がった。

 子供たちからも、一緒にいた大人達からも送られる。


「やっぱり育成コースの子は違うわね」

「あたし、一生懸命練習するよ!」


 その華麗さに惹かれて、練習後に残り龍崎宏美の演技をみることができたラッキーなレッスン生の少女達は色めき立った。

 誰もが、将来の自分のあるべき理想像と重ねていた。

 自分もああなりたい。


 うちの娘は無理ね……という顔をしている母親もいた。


「でも、新体操だけでなくて、学校の成績も優秀らしいわ」

「流石、龍崎グループの子ね……」


 ヒソヒソ……。

 ヒソヒソ……。

 それだけじゃなかった。

 美乃理の漏れ聞こえてくる言葉があった。


「あの子、前妻の子らしいわ――」

「この間、ご高齢だった会長が亡くなって遺産相続で揉めてるって言うじゃない」


 ママ同士で、交わす会話が聞こえてきた。


「龍崎さん、今日も熱心ね」


 練習を終えた宏美に柏原コーチが話しかける。


「はい、今日もよろしくお願いします」


 宏美は周囲の賞賛にも、ヒソヒソにも気にも留めない。


「あ、あの子たち、この間コーチが言ってた子たちですね」


 練習を終えた宏美を、まだ大人達、そして少女たちは群がって見つめていた。

 それに臆するそぶりも宏美にはなかった。


「ああ、あの子たち? そうよ。キッズコースの子たちよ」

「……小さいですね」

「ええ。まだまだおちびちゃんたちね」


 宏美は、女の子の中に混じっていた一人の少女に眼を留めた。

 そして、呟いた。


「本当に昔の私みたい――」

「あら、気になる子がいる?」

「ええ」


 しかし宏美はどの子かは柏原には答えなかった。


(あ……)

 美乃理は、また気がついた。龍崎宏美が自分のほうをまた見ている。

 龍崎は、まだ10代そこそこながら、改めてみると、スタイルが見事だった。

 アイドル、モデルでも十分に通用すると思うぐらいだ。

 頭の髪留めをはずすし、頭を振ると黒髪がふわっと広がった。

 美乃理に負けないくらいのサラサラで綺麗な髪だった。


「あ、今、またあたしの方をみた」


 先生と龍崎さんとのやりとりを遠巻きに見ていた麻里は再び喜んだ。


「違うわ、今、美乃理ちゃんを見たのよ」


 忍がそれに対抗するように、美乃理に耳打ちした。

 麻里に反発したわけではないが、美乃理もそう思っていた。

 小さく頷いた。

(あ……)

 早速麻里は、自主練習を終えたばかりの龍崎宏美に駆け寄っていってしまった。


「あ、あたし……キッズコースの朝比奈麻里っていいます。よろしくお願いします」


 そして、挨拶。目のキラキラは最高の輝きになった。


「あら。よろしくね」

「あ、あたし、龍崎さんに憧れてます、今度の大会、頑張ってくださいね」

「ふふ、ありがとう。あなたも頑張って」


 そして、頭を撫でられた麻里はこのうえない笑顔を見せた。


「きゃあ、龍崎さんに撫でられた」


 一方の美乃理は頭に沢山のものが駆け巡った。

 なんだか妙に心がざわついた。

 有名グループのご令嬢。複雑な家庭事情……。

 今見せた華麗な演技……。

 そしてこちらへ向けた眼差し。

 何かある。


「美乃理ちゃん? ねえ、美乃理ちゃん!」


 考え込んでいた美乃理は忍の声にはっとした。

 忍は手を握った。

 視線はあの龍崎宏美と駆け寄った麻里に向いている。

 忍は嫉妬するような性格ではない。

 ただ麻里はこれから美乃理と競い合っていく間柄になりそうだと、早くも直感していた。

 その麻里は早くもクラブで一目置かれる存在となりつつあった。

 単にキッズコースのメンバー達の中で上手いだけでなく、育成コース入りを目指しているのはその言動からも明らかで、一つ抜きんでている。

 その対抗は美乃理と確信しているのだ。

 幼馴染として看過できないでいる。


「龍崎さん、そのレオタード、とっても素敵です」

「朝比奈さんも、可愛いわよ」

「わぁ、ありがとございます」


 そして今、龍崎宏美に取り入り早くもお覚えをいただいている。

 あの物怖じのなさは武器であり、美乃理に足りないものであった。


「わたし達も、頑張ろうね!」


 忍のその強い言葉には、あの麻里の対抗する存在として美乃理が確実にイメージされたのだ。

 その忍の気迫に押されて、美乃理は実感した。


(これからだ……)


 改めて達成感で満足していた自分の心が奮い立った。

 ようやく初めてのレッスンを終えた。だが色々なことが始まったのだ。


 女の子になって


 レオタードを身に包んで


 新体操を初めて


 そして、それが到達した場所には、さらに先があった。同期生の麻里。そして、クラブの先輩である龍崎宏美。彼女は何者だろう。


『スタート』

 その言葉が美乃理の頭に浮かんだ。


(ボクは今スタート地点に立っただけなんだ)


 目標を達成したのではなく始まっただけた。

 小さく幼くなった体が熱く湧いてくるものを感じて、美乃理は、自分の胸に自分の手を当てた。


「うん! 忍ちゃん、頑張るよ」


 美乃理も、力を込めて返した。

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