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第18章「美乃理(みのり)と新たな始まり」

※この小説は男性から女性への性転換を題材にしています。それらの表現、描写がありますので、ご注意ください。


「おね……ちゃん」


 誰かの声がした。


(君は……)


 またあの子だ。

 今度は、その女の子一人がボクの目の前にいる。

 今日は前よりもよりはっきりとみえる。

 開口一番、こう言った。


「私、見てたよ。勇気を出して頑張ったところ」


 そして微笑んでくれた。

 なんとなくだけど、ついさっき父さんと母さんに新体操のことを打ち明けて、許しをもらったことだとわかった。

 その子が、何故そのことを知っていて心配してくれるのだろう。


「あ、ありがとう……」


 何故か大人しく返事をしてしまった。

 色々言いたいことはいっぱいあった。

 一体何でボクの前に現れるのか? 一体何をしようとしているのか? 君は何者なのか。

 でも、彼女に対しては不思議と、問いつめる気にはならなかった。

 一緒にいることが自然で、元からそうであるかのように強い絆で結ばれている存在に思えた。

 自然な気持ちでいられるのだ。


「わたし、信じてた。きっと、踏み出してくれるって」


 急にその姿が遠く霞んでゆく。


「あ、ちょっと……」

「わたし、見てるから――美乃理ちゃん」


 声も遠のく。


「待って!」

「じゃあね、また」


 ジリリリリ――。



 朝だった。

 眠りから呼び起こしたのは、やはり目覚ましの音だった。

 赤やピンクの明るい刺繍の施されたカーテンから差し込む光。


「夢……か」


 呟いた。

 夢を見ている時ははっきりしていたのに、目覚めたらおぼろげで霞んで行く。

 夢に出てきた少女……誰だっけ。顔も思い出せない。

 手を伸ばして、目覚ましを止める。

 起きあがった途端に、長い髪が頭にまとわりつき、揺れた。

 一回り小さい体、手足。


「あっ……」


 そして思い出した。

 ボクは美乃理。女の子――。

 目が覚めたらみのるに戻ってるかもしれないと思ったが、今日も美乃理。

 そしてその美乃理の一日が今日も始まる。

 ベッドから立ち上がって窓のカーテンを開くと、明るい光が射し込んできた。

 昨日以上に良い天気だった。


 まだ残る眠気を飛ばすために、欠伸と伸びをして部屋を見渡す。

 机の上にノートを置いたまま。

 寝る前にしたためたノートだった。

 昨日はこれのために遅くまで起きていた。

 もう一度大きな欠伸。

 美乃理はまだ、夜更かしできるほど成長していないのだろうか。

 まだ寝たり無い感じだ。


 机の中に、ノートをしまった。


 そして、まだ新しいつやのある赤いランドセルを開いた。

 時間割表を見ながら、ノートと教科書を入れる。

 それに給食袋。

 小学生としてやるべきことを、徐々に思い出してきた。

 そっと櫛を入れた。


 階段を下りて、リビングへ向かう前に、朝の生理現象を済ませた。

 もうやり方そのものは慣れてしまったトイレを済ませる。

 さすがにもうやり方で迷うことはない。なんなく終えた。


「母さん!」

「あ!美乃理、おはよう」


 慌てた様子で母さんが出勤のスーツ姿で飛び出してきた。


「美乃理、朝ご飯はテーブルに置いてあるから食べといて!」


 そのまま玄関で、そそくさヒールを穿く。

 いつもなら、そのまま勢いよくドアを開けて出て行く。

 一瞬足を留めた。


「あ、それから……昨日のこと今日中に連絡してみるからね、美乃理」


 そういって母さんは玄関から飛び出していった。

「昨日のこと」とは、新体操のことだろう。

 ちゃんと忘れないでいてくれたんだ。


「ありがとう母さん」


 着実に今日は昨日よりも一歩進んだ。一昨日の美乃理よりも、昨日の美乃理よりも、今日のボクは進んでいる。

 そんな実感、満足感があった。

 そして静まり返った家。

 既に父さんは会社へ出勤しているのか、姿は無かった。

 パジャマ姿のまま、洗面台の前へ立った。


「うわ……」


 鏡には、もう何度も目にしているあの女の子が眠そうな顔で、映っている。

 だが髪の毛がやはりボサボサ。

 髪の長い女の子の朝は毎日こうなのだろう。

 三つ編みで編まれた髪の毛がいかに、良かったか……。

 あれを解いてしまったのはもったいなかったと思う。


「よし、やろう」


 やっぱり髪を纏めた方がいいと思った美乃理は顔を洗った後、決心をした。

 髪をしっかり櫛でとかし、それを纏めて、ポニーテールを作る。

 位置、形がうまく行かなくて何度もやり直して時間はかかったけれど、なんとかできた。


「こんなもんかな……」


 髪を整えたら、次は今日着ていく服。

 タンスの中の服を眺める、美乃理は、妙な心地を覚えた。

 昨日はタンスいっぱいの女の子の衣服を見て、恥ずかしい気持ちがあったのに今日はなんだかそれらに引かれる。

 女の子になって既に3日目になって慣れたからなのか――。

 昨日よりも、積極的になっている自分がいた。

 今日は女の子らしくしてみよう。

 より可愛い衣服に目がいく。

 手が伸びたのは、白いレースのついたスカート。

 女の子であるならものは試し。

 ここはひらきなおってスカートを穿いてみたくなった。みんなが、どう自分を見るのか、シノちゃんは、なんと言うか。

 そんなことを思いながら手に取ったスカートに美乃理は足を滑らせ穿いた。

 胸がドキドキした。

 あとは、同じ色合いのシャツ――。


 一通り、身だしなみを整えて再び鏡の前に立つと、昨日よりも可愛く女の子らしく見えた。

 少し可愛いと思ってしまった。

 なんか面白い。服装を変えるだけでだいぶ印象が変わってくるなんて……。


 着替えて母さんが用意していた朝食を済ませる。

 ちょうど牛乳を飲み干し終えたところで、

 チャイムが鳴った。


「もう来ちゃった……」


 果たして、チャイムの主は、シノちゃんだった。


「あ、シノちゃん、ちょっと待って」


 インターホン越しにそう答えると、慌ててお皿を片づけ、出発の準備をする。

 赤いランドセルを背負って、玄関に走り出す。

 靴を履いて、外へでる。

 ドアに鍵をかけて、振り返ると門扉の前に黄色い帽子とランドセルを背負ったシノちゃんがいた。


「おはよう! 美乃理ちゃん!」

「おはよう、シノちゃん」


 歩き出した途端、スカートに風が吹き込む。

 一瞬、ひんやりとした股間に足が内股になってしまう。


「ん……」

 

 それでも足を踏み出す。

 足下でさわさわと揺れるスカートの感覚にも、じきに慣れると思う。


「あ、今日はスカートなんだね」


 忍は早速美乃理の変化に気がつく。


「うん」

「美乃理ちゃん、そのスカート、可愛くて、似合ってるよ」


 ほめてくれた。無性に嬉しい。ふと気が付くと忍の頭には昨日は無かったピンクと白のリボンがあった。


「シノちゃんも、そのリボン可愛いよ」

「えへへ、ありがとう」

「行こう、美乃理ちゃん」


 差し出された手を取った。

 美乃理と忍が、手をつないで歩いていると、徐々に小学校へ向かう児童が道路にあふれてきた。

 赤と黒の流れ。その中に美乃理たちも混じっていた。


「よ、よう……」


 気まずそうに、声をかけてきたグループがあった。

 黒いランドセルの集団。

 飯山たちのグループだった。

 それをみた忍の握る手が強くなった。

 中には、あの宮田。昨日、忍の笛を奪って取り返そうとした美乃理と取っ組み合いになった宮田もいた。

 気まずそうだった。


「おはよう!」


 一声かけると、驚いた顔を飯山はした。


「お、おう……おはよう」


 構わず、美乃理は通り過ぎた。

 その直後、美乃理のすぐ横を追い越す影があった。


「御手洗! おはよう」


 影の正体は健一だった。一度立ち止まると声をかけてきた。

 あっという間に、サッカーボールを蹴りながら抜き去っていった。


「健一君は今日も元気ね」

「そうだね」


 お互い苦笑した。 

 あと少しで校門に着くという時、ずっと様子をうかがっていたように忍が口を開いた。


「ねえ、美乃理ちゃん、その……あれ、どうなった?」


 新体操クラブのことだ。

 ずっと……シノちゃんは答えを待っていたんだ。

 ボクは答えないと。


「うん、昨日父さんと母さんに言って……」


 期待と不安の入り交じった視線をボクに向けている。


「オッケーしてくれたよ」

「やったあ! 一緒にやれるね」


 忍の顔からは不安の黒い陰が吹き飛び、はちきれんばかりの笑顔をみせた。

 ボクを抱きしめてきた。くっつく頬と頬――


「!?」


 スリ寄せてきた忍は、その勢いのまま美乃理のほっぺたにキスをした。初めてされた女の子からのキスだった。

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