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第17章「美乃理の告白 その③」

※この小説は男性から女性への性転換を題材にしています。それらの表現、描写がありますので、ご注意ください。


みのるが、生まれたとき、男の子が生まれたって喜んだのよ」


 ある時、稔の父と母が、アルバムを見せてくれた。


 稔が生まれたときのこと、そして名前の由来。

 父と母が、考えた名前だったという。

 稔は実をかけている。

 大きくなったとき、ただ成長するだけでなく、人として大きな実を実らせるらせるように――


「稔が生まれたら、すぐに親戚中に電話したのさ。男の子の赤ちゃん用品も買いに行って……」

「お婆ちゃんなんか、もう端午の節句や七五三に何を着せようか心配してたのよ」


 稔の誕生を父も母も確かに喜んでいた。

 ちょっぴり嬉しかったと思う。


「ねえ、母さん?」

「なあに? みのる

「僕が、女の子だったら、なんて名前だったの?」


 一瞬だけ、二人が顔を見合わせた。


「そうね……美乃理だったと思うわ」


 そして、稔の母は頭を撫でた。


 ボクが女の子だったら美乃理だったんだ。


 女の子でも父さんと母さんのボクへ込められた思いは変わらない。

 成長したとき、大きな果実を実らせた人間になるように。


 みのるは、その期待に応えられなかった。

 そして、今美乃理となったボクは。









 新体操クラブへ入ることを認められた。


 涙は流さなかった。だが、目に涙を湛えていたのかもしれない。

 美乃理のその様子に父が


「よかったな……美乃理」


 頭をより強い調子でなで回した。


「父さんと母さんの期待に応えてくれ」

「うん、わかってるよ」


 精一杯の笑顔をしてみせた。

 父さんも嬉しそうな表情をする。

 そこに照れがあることに気がついた。

 いつも無表情、どちらかというと厳しいイメージの父さんが、こういう表情もするのは初めてだった。

 美乃理だから? 女の子だから?


 同じように母さんも違っていた。


「でも、そうとなれば、準備を始めないと、今度電話で問い合わせてみるわ」


 決まった途端、母さんはてきぱきと段取りを始めた。

 新体操クラブ勧誘のチラシをじっと今度は読み込み始めた。


「きっと、美乃理みのりなら、可愛いわ」


 写真に映っているレオタードを着た女の子を見て呟いた。

 しきりに楽しみ、楽しみと漏らす。


「う、うん……」


 美乃理は、恥ずかしくなってきた。

 いざそうと決まったら自分が新体操をすることに戸惑いを覚えた。

 自身が着ているところをイメージするだけで、なぜだか、すごく胸がいっぱいになってきた。

(あれをボクが着ることになるんだ……)

 ピンクや水色のレオタード

 ほんの数日前、男子高校生だったボクが、あれを着ることになる。

 もうすぐ――。

 これも美乃理になったからだ。ボクは稔なのに。一体誰なんだろうか。


「ねえ、父さん。あの……アルバム見てもいい?」


 唐突に、見たくなった。ボクがこうなる以前の美乃理を――。


「お、どうした。急に?」

「なんだか、見たくなって……」


 突然のお願いも聞き入れてくれた。


「そうだな、父さんも見たくなってきたな。なあ、アルバム、どこにあったっけ?」

「押入じゃなかったかしら?」


 ボクのお願いに父さんが、椅子から立ち上がった。

 押入の奥の方から、分厚く立派な背表紙、装丁の2冊を持ってきた。


「ほら、美乃理」


 目の前に置いた。


「ありがとう、父さん」


「美乃理の記録」と絵文字でタイトルがつけられているそれは、ずしり、と重みがあった。

(一冊多い?)

 やや埃にまみれていたそれを拭き、開くと、生まれたばかりで撮られた写真がでてきた。


 産衣につつまれ、泣いている写真だ。

 この写真、覚えがある。まったく変わらない。

 生年月日と重さ。

 名前だけが違う。美乃理、そして女の子――。


「つい、この間のようだったのに、もう、こんなに大きくなったのね、美乃理――」


 いつの間にか、母さんもアルバムをのぞき込むようにしていた。


「美乃理が生まれたら、すぐに親戚中に女の子が生まれたって電話したのさ。女の子の赤ちゃん用品も買っていたから無駄にならなくて良かったよ」

「そうなんだ……」


 家族三人で覗きこむ。


「お父さんったら、出産前の検診で女の子だって聞いたらすぐに、準備始めちゃって……生まれるまではわからないって言ったのに……」

「だが、母さんのお義母さんなんか、もう美乃理にひな祭りや七五三に何を着せようか心配してたのよ。ユキ叔母さんも、娘の舞と一緒に遊べるわねって喜んでたわ。そういえば。美乃理の従姉の舞ちゃんも、もう小学二年生かあ」


 大体同じような気もするし、微妙に違う気がする。

 男の子だから喜んだはずだったが、結局女の子でも喜んでいたってことだ。


 アルバムを、めくっていくと、徐々に、大きくなっていく。

 抱き抱えられたり、おんぶされたり、乳母車に乗っている写真がほとんど。

 最初は男の子か女の子かどうかあまり区別はつかないが、徐々に着ているもの、身につけていくものが、女の子らしくなっていく。

 髪ものびていく。

 そのうちに、立っている写真に代わり、表情も豊かになっていく。

 笑顔の写真だけでなく、少し不安そうだったり、しかめっつらだったり。

 そんな写真も増えてきた。


 それぐらいから一気に女の子らしくなっていく。


 そのうちに髪の毛がポニーテールにしだした。

 スカートを穿きだしたのもこの時期だった。

 実家に帰省する夏、川遊びをしている時の写真が、女の子用の水着になっていた。

 あ、舞姉さんがいた。

 あんまり従姉の舞姉さんとは、そこまで、一緒になった記憶が無いんだけれど……。

 仲良く二人で、並んでいる写真は、シノちゃんを彷彿とさせた。

 幼稚園の運動会。

 卒園式。

 そして、入学式の写真。

 

 アルバムを全部見終わり、美乃理が女の子として生まれ、成長した記録を見た。


「悪い、美乃理、あんまり写真を撮ってやれなかったな」


 父さんが謝った。

 でも、美乃理は気が付いた。

 みのるの時に一冊だったアルバムが、美乃理の時には二冊だった。

 これは何を意味しているのだろう……。

 美乃理はアルバムを閉じた。



 部屋に戻った美乃理は机に座った。

 急に起こったことに、この二日間、戸惑ったり驚かされるばかりだった。

 じっくり考える時間がなかったけれど、ようやく今落ち着いて考えられる時間ができた。


 自分がこれからどうするべきか。

 机の上をぼんやり眺めた。

 高校の教科書、参考書ではなく、小学校の教科書、ドリル、漢字の書き取りノート……。

 ランドセルの色は赤くなってしまったけれど、まったく変わっていない。

 懐かしい。


 机の上に小さな鏡が置いてあった。これはみのるの時にはなかったものだ。

 その鏡に映っているのは、三つ編み姿の女の子。

 すっかり幼い顔立ちにはなっているけれど、今のボクだ。

 編み込まれた三つ編みは、まだ綺麗に整っている……。


 もうすぐほどかないと駄目だと思うと、ちょっともったいないかも。



 女の子って……何だろう。まだまだわからない。

 ただ体の違いだけでなく、扱い方も、反応も違う気もする。

 ついさっきも。

 ボクが女の子だからか――女の子だったから新体操を認めてくれたのかな?

 それとも、ボクがみのるとしてもう一度やり直したいという気持ちが、変えさせたのか。


 わからない。でも確かなことは、


 正愛学院。


 三日月先生


 高梨先輩


 新体操部。


 あの日々があって、今の美乃理としての自分がある。

 そしてこれから新体操クラブに入る。


 ボクは……どうなるのだろう。

 ボクはもう一度、美乃理として、やり直すのだろうか。

 もうすぐ眠りにつかないといけない。

 なんだか少し怖くなった。

 ひょっとしたらこれまでのことは全部夢。

 朝、目が覚めたらみのるに戻っているのだろうか。

 それとも、やっぱり明日も美乃理のまま。その次の朝もその翌朝もずっと……。

 そして正愛学院で新体操部に入ることになるのだろうか。



 赤いランドセルを開け、中から鉛筆とノートを取りだした。

 いつまでもこうやって元に戻るのか、あるいは美乃理として過ごすのか考えていても、しょうがない。

 ただ時間を費やしていくだけだ。

 それよりも、前に進んで行くには、さっき父さんと母さん、そして先輩や三日月先生たちとの約束を果たすこと……

 美乃理として、新体操をやることだ。


 そして、一冊のノート、いや学習帳を取り出した。

 それは、ボクが確かにみのるであったこと。

 今日までの出来事。そしてみのるとして綴る想いのありったけを学習帳に書き留めていった。


 書いている途中で、部屋の外、階段の下から母さんの声がした。

「美乃理、早くお風呂に入りなさい」

「はーい」


 一端鉛筆を置く。返事をしてから、ドアの外に出た。

 おさげを揺れるのを感じながら、階段を下った。


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