第164章「引っかかるもの」
いつもどおり、淡々と練習が過ぎていく。
そして、休憩時間に入った時に一つの話題が持ち上がった。
「みんな、見てみて。この間の合宿のことが今朝の新聞記事載ってるよ」
きっかけは一年生、筒井早紀が新聞記事の切り抜きを持ってきていたことだ。
「え? どれどれ……」
皆が一斉に早紀の持つ紙に群がった。
「五日間にわたって山奥の合宿所で正愛学院や王鈴高、中学校など、新体操の強豪校が集い合宿が行われた。
東と西、それから北の強豪校が集まって、それぞれの課題と目標に取り組んだ。
提唱者は東都女子体育大学で体操の指導をしている第一人者の栗原氏。
それぞれバラバラに行われていた指導ややり方を統一して世界に通じるレベルまで底上げを計る。
ここで得た成果をさらに、国際大会での飛躍が期待されている」
練習風景が一枚だけ撮られている。誰かは区別がつかない。
美乃理も敦子も写ってはいない。
文末には、「文、小堀担当」と書いてある。
すぐにあの腕章をつけた女性記者が目に浮かんだ。
「凄いなあ、あたしたち、ここに参加してたんだね」
新聞の切り抜きを回し読みしていた。皆読んで凄い、凄いと感想を口にした。
あの小堀さんの記事は意外に大きく取り扱われていた。
美乃理もその新聞を家でとっていなかったので、その切り抜きに見入った。
「もっとすごいのが載っているよ」
筒井早紀は裏のもう一つの記事を指し示した。
その記事にすぐ目がいった。
美乃理も驚いた。
「みてよ、この記事」
注目のアスリート特集と題された記事だった。
「うそ? これ龍崎さんだ!?」
「特集がくまれてる?」
背景から合宿の時の龍崎宏美の写真だ。
撮影者はやはり、あの小堀さんになっている。
練習に励んでいるレオタード姿の宏美の写真が記事と一緒に掲載されていた。
綺麗な体を反らせてボールを体に優雅に滑らせている。
神々しいとされる龍崎の演技を上手に写真に切り取って収めている。
これだけで魅力が伝わってくる。
流石、プロが撮った写真だ。
龍崎宏美さん(16)
新体操、正愛学院高校。
経歴がずらりと並んでいる。これを調べ上げたのも小堀さんだな……とわかった。
あの抜け目の無い顔を浮かべつつ、記事を読んだ。
内容は絶賛だった。
新体操期待の星。
繊細で、女神が舞うような演技はみている人を引きつけ虜にする。
目下国内では敵なしで、コーチ陣幹部も成長に期待している。
来年の国際大会に向けて大きく羽ばたこうとしている。
「すごーい」
「同じ部の先輩なんだよね……」
自分たちが普段近くで見ている人が全国区の新聞で、賞賛されている。
後輩たちは感激しきりだ。
(違う……)
だが、美乃理には違和感を感じた。
もう一度記事をみた。
違和感の元は写真だ。
……宏美らしくないというか。
こういうのはあの人はあまり好まない。
むろん、過去に受けたことはあるし、美乃理も経験がある。
月刊中学スポーツ、体操特集号。小さな専門雑誌や地元の地域新聞の記事にでたことはあるが……。
美乃理も、それら他愛もない雑誌に載ったことはある。
だが、どちらかというと苦手ではある。
そして宏美も同じで、好まない。
どうしても、と頼みこまれたのなら、まだわかる。
だが、今回の宏美は積極的に取材を受けているようにも思えた。
一体なぜ? わざわざ練習風景を撮らせたようにも見えた。
「どうしたの? そんなところで集まって」
当の本人が騒いでいる集団に気づいて近寄ってきた。
「あ、宏美さん」
「新聞記事、みました!」
記事をみて、納得したようだった。
「ああ、これ。そういえば今日あたりに掲載するっていっていたわね」
まったくなんでもないという平然とした様子がますます、大物らしさを感じさせた。
「すごいです!」
「龍崎先輩はまさしく女神です」
後輩たちからの賛辞にも、落ち着いて応えている。
「ありがとう。でもそんなに褒めることでもないでしょう」
「そんなこと無いです!」
そんな宏美に美乃理もささやいた。
「宏美さん、珍しいですね……」
宏美は美乃理の小さな声を聞き逃さなかった。
美乃理が何か不安を感じているのも、すぐに気づいている。
振り向いて美乃理を見つめて、少し微笑んだ。
「母もそうしていたからーーわたしもそうしてみたかっただけなの」
「そう……なんですか」
美乃理は宏美の母のことは少しだけ知っている。
宏美にとって大切な存在。だからなんら不思議ではない。
何か美乃理は違和感を拭えず素直に賞賛できなかった。