第161話「帰路へ着く」
バスは順調に帰りの道をすすみ、すっかり見慣れた高原の山々が後になっていく。
「なんか終わってみるとあっという間だったね……ね、さっちん?」
返事はなかった。
美乃理の隣席でさつきもぐっすり寝ていた。
帰りのバスでは騒がしかった行きとは違い、静まりかえっていた。
ほとんど皆、座席に座ったまま寝ていた。
楽しみながらも、疲れと緊張がたまっていたのだろう。
一番前の木村先生の隣に座っている、高梨もうとうとしている。
練習もそうだが、めいいっぱい自分の中のものを出し切った。充実感のある疲れだった。
「明日は練習はお休みだけど、家でも無理をせずに柔軟にとどめておきなさい」
途中何度か忠告された。
流石に先生は居眠りはせず、何か書類を記入していた。
仕事なのだろう。
「無理して体調崩す子も多いのよね……」
夏休み、実家に帰省したりする子もいる。
今は静かに景色を眺めることにした。
美乃理も揺れるバス中でなんどもまどろみそうになった。
夢のように頭に浮かんできたのは、二人の顔。清水敦子、龍崎宏美。
「このまま今の自分を受け入れる道を行くか、それとも真実を知る道を選ぶかーー」
その度に目を覚ます。
それはあるいは龍崎さんを選ぶのか清水さんを選ぶのか、そう聞かれているようにも聞こえた。
ふとバスの中の宏美を捜した。
宏美は後ろの方の席に座っている。眠らずにやはり景色をじっと眺めていた。
ふとこっちに気づいて、ふふ、っと顔が笑った。そして今は縛っていないストレートの長い髪をかきあげた。
一方の敦子は腕を組んで目を閉じている。眠っているのか、ただ目を閉じているだけなのかわからない。
高速道路で過ぎ去っていく景色は徐々に、山間を抜けて緑から、街の景色に変わっていく。
一度サービスエリアに休憩で停車する。
行きの際に立ち寄った際は、大はしゃぎしていたが、帰りに再び立ち寄った際は何人かがトイレに行ったりするなどにとどめて皆静かだった。
美乃理も外の空気を吸うために一度バスを降りる。
さつきもぐっすり寝ていたので起こさなかった。
「あ、御手洗先輩」
和穂が好子と一緒にサービスエリアの売店のおみやげコーナーを冷やかしていた。
「何か欲しいものがあったの?」
「え? あた……しは妹に何か買っていこうかって、思ってたんです」
なんとなくぎこちない返事が彼女らしかった。キーホルダーのコーナーをみていた。
「へえ、妹がいるんだね」
一緒に陳列されているお土産商品をのぞき込む。
「ええ、あんまりこういうの、選ぶのが苦手で……御手洗先輩はわかりますか?」
「あたしも全然だよ」
和穂は悩みつつも、可愛い動物や、キャラクターを選んでいる。
アクセサリーの傾向からいって和穂の言う妹は年が近そうに感じた。
「あ、先輩、お茶、どうぞ」
和穂が気をきかせてフードコートにある無料の給茶器からお茶を持ってきてくれた。飛び跳ねるように元気だ。
「ありがとう」
運んでいる最中に、危なっかしい手つき。お湯が揺れている。
「こぼさないでね」
「え? あ、あちち」
一瞬こぼしそうになったが、なんとか堪えた。手をふーふーさせている。
「す、すいません」
その健気な様子が、微笑ましい。いつもの和穂だ。そして彼女の魅力だ。
一緒に休憩所のテーブルに座り、お茶を飲んだ。
「元気だね、和穂ちゃんは」
「え? そうですか?」
一年生も、また上級生たちも部長含めて、バスでぐったりしている。
同じように、めいいっぱい合宿に打ち込んだのに、和穂はまだまだ元気だ。
意外にもスタミナのある和穂に驚いた。それに彼女はまだまだ課題はあるが、失敗もめげずに、おっちょこちょい扱いされても、すぐに気を取り直して、また立ち上がってくる。
意外な心身の強さを見直した。
「それで、おみやげは見つかった?」
「え? あ、はい、これにしました」
和穂の手には、小さな兎のガラスの置物があった。
「あ、可愛いね」
意外にセンスはあった。
「和穂ちゃん、妹さん、って年いくつなの?」
お茶を飲んでいた和穂は少し迷うようなそぶりをした。
「え、っと、同じ……です」
「え?」
「わたしたち……双子で……妹なんです」
ちょっと言いにくそうに、目を伏せた。
「え? そうなの!?」
双子。思いもしなかった。珍しさに思わず、色めき立ってしまった。
「いいね、年が近いって、一緒に遊んだりできて」
「でも喧嘩もしょっちゅうで、いがみあってばかりなんですけど……」
「へえーそんなふうにみえないけど」
「御手洗先輩の方が、年が離れていて、喧嘩もないんじゃないですか?」
美香とは七つも年が離れている。喧嘩などしようがない。
「そうだね、喧嘩はしないかな。でもその分本音をぶつけあえるんじゃないの?」
「そうだといいんですが……」
「なんて名前なの?」
「妹は、志穂っていいます」
正愛とは、別の学校に通っている、という。やはり新体操をやっているのだろうか。
もっといろいろ聞きたかったが、好子がガラスの外を指さした。
「あ、先輩、バスの時間みたいですよ」
停車しているバスの入り口で先生が叫んでいる様子が見えた。
「いけないっ帰らないと」
和穂と好子と美乃理、三人立ち上がる。急いでお茶を片づける。
そして小走りに駆け出した。
「あ、ガラスの兎! 忘れちゃだめだよ」
「ちゃんと持った!?」
サービスエリアの建物の外に出たところで、和穂が手ぶらなのに気づいた。
「あっしまった」
休憩所のテーブルの上におみやげの置物を忘れていた。
慌てて踵を返して、戻る和穂。
「先輩、バスに先に戻っててください」
「うん、わかった。先生には言っておくから」
好子と一緒にバスに戻った。
その後、和穂がビリで戻ってきて、敦子に拍手で敦子社長、お帰りなさい、と迎えられた。
すいません、と謝る。




