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第159章「星の向こうの記憶」

「おいしそう……」


 その夜はブッフェスタイルのパーティーだった。

 ずっと栄養的に考えられた素朴な食事だったが、最後のこの日は、果物やケーキも沢山取りそろえられていた。

 とはいえ、そこは少女たちなので、もちろん食べる量は歯止めがあった。


「こら、あんた、いくつ食べてるのよ。第一、そんな食べきれるの?」


 例外はいた。欲張っていくつも取っている一年生部員の一人が別の一年生から呆れられていた。


「今日だけは、許して。我慢できない」


 お皿に山になったケーキを幸せそうに。もぐもぐほおばっている。


「好子ちゃん!」

「あ、美乃理先輩! お疲れさまです!」


 声をかけてきたのは好子だった。

 テラスが開放されてお皿を手に星を眺めながめている。

 そして好子のお皿をちらりみるとほどほどに抑えている。

 その隣には和穂が並んで仲良く食べていた。和穂は食べる方で沢山盛ったお皿を手にもぐもぐしている。


「それ、食べた分を消費するには……凄い運動しないといけないんだよ」


 ダイエット、減量で苦しんできた好子らしく和穂に忠告する。


「ええ? どれくらいあるの?」


 驚いて和穂のフォークが止まる。


「あ、えーっと、このチョコレートケーキがだいたいカロリーが……あ、こっちのプリンはこのぐらいあって……」

 

 横の和穂が慌てて指で宙に文字を書いて計算を始める。暗算が得意のようだ。

 チーズケーキ、ドーナツがどれくらいの、運動量になるのか。 グラウンド何十周をしないといけないと、すぐに計算で示した。


「嘘、やばっ」

「あはは、いっぱい動かないとね和穂ちゃん」


 そしてすぐとなりで聞いていた藍子が、慌てて皿を、和穂に押しつける。


「これあげる」

「え? え?」


 急に押しつけられて驚く和穂。


「それ食べかけでしょ。和穂に押しつけないで、自分でなんとかしなさい」

「食べ残しは許さないからね」


 明日は藍子も和穂もグラウンド五十周だ、と同級生たちに冷やかされる。


「ええーーそんなあ……」




 その後は買ってきた花火を楽しんだ。

 そこかしこで、色とりどりに変化する花火で楽しむ姿が見られる。

 赤、青、黄色。

 そして少しただよう火薬特有の臭い。

 花火を両手に持って踊るようにはしゃぐ子もいた。

 そんな、喧噪を耳にしながらも、美乃理もいくつかの花火を楽しんだ。


「ねえ美乃理ちゃん、一緒にやらない?」


 近づいてきたのは王鈴のジャージを着た少女。

 その手には線香花火があった。


「いいよ、亜美ちゃん」


 夏の合宿を締めくくる最後の線香花火。

 美乃理も神田亜美と並んで、楽しむ。


 並んで腰を下ろした。

 もう遠く暮らす亜美とゆっくり一緒になれるのは今日が最後だ。

 またメッセージなどで連絡を取り合うことはできるとはいえ、直にこうして顔を付き合わせて話すことができる機会はそう滅多には来ない。


「わたしね……関西に引っ越すって聞いたとき、一晩泣いたんだ」


 線香花火を楽しみながら、亜美は昔の思い出を語った。といってもほんの一、二年前のことであった。


「普通に中学に行っても、美乃理ちゃんたちと一緒に新体操をやれるものだと思ってたから……あたしも正愛に行こうと思ってたんだよ」


 亜美の引っ越しは突然だった。もうすぐ小学校も卒業が近づいていた時期、あるクラブのレッスンの時に、普通にごめんね、あたし引っ越すことになった、と普通にさらっと言っていた。

 むしろ悲しんだ美乃理や他のクラブ生たちにいつもどおりの笑顔で、みんなも頑張ってね、と声をかけた。

 だから、そこまで悲しんで泣いたことは初めて耳にした。


「そうだったの? 亜美ちゃん……」


 気づいてなかった。そのひょっとしたら、忍は亜美の悲しみに気づいてたのだろうか。

 すぐに確信した。忍は気づいてた。

 王鈴のジャージを着た亜美は線香花火を見つめている。

 じじっと火花を散らす。


「うん、シノちゃんと二人になった時に、あたしも一緒に残ってみんなとやりたいって、泣いたの」


 美乃理には、いつも穏やかで中立な亜美のその姿が想像もつかなかった。取り乱している亜美。いつまでも四人で一緒にやりたい。

 みせたくなかったのだろう。

 美乃理と一緒にやれないのなら、もうやめる。そういって駄々をこねていた亜美を励ましてくれたのは忍だった。


「シノちゃんに言われた……これから美乃理ちゃんに出会って一緒にやる子たちがいるはずだから、その子たちに譲ってあげようって」


 説得され励まされて、涙を収めて、明るいいつもの亜美らしく、別れの時を振る舞った。


「もういっぱいのものを貰ったし、わたしたちは一緒にいなくても、もう一つの仲間だからって」


 その言葉にはっと気づかされ、亜美は引っ越しを受け入れることにした。


「シノちゃんは、やっぱり凄い子だね」

「うん……」


 その忍も別の道を選んだ。美乃理とは別の共新中学に進んだ。

 育成コースの四人はバラバラにあった。

 だが、忍のその言葉通り、あの時の四人は離れても今も繋がっていた。


「だから、一緒になった子たちを大事にしてあげて欲しいな」


 話を得ると同時に、線香花火がじじっと燃え尽きてぽとっと落ちた。

 まだわいわいやっている一年生たちを見つめた。

 王鈴と入り交じって花火を楽しんでいる。

 花火の中に入っていた一番大きな花火、打ち上げ式の花火をやろう、と騒いでいる。

 亜美が、もう一つやろう、とまた新しい線香花火を取り出した。


「こんなところにいたの、美乃理ちゃんも亜美ちゃんも」


 二人で並んで花火を静かにやっていると宏美がやってきた。


「あ、宏美さん! どうしたんですか?」


 亜美は嬉しそうに笑った。いつも自分や忍たちが遊んでいる様子を見守る宏美が珍しく輪に加わってきた。


「亜美ちゃんも、相変わらず元気そうで良かったわ。美乃理ちゃんとゆっくりはなしてあげて。結構さみしがりやだから……」

「もう、宏美さん……」


 かつての育成コース四人組の中で一番重要な役割を果たした亜美の立場は宏美が一番認識している。


「あはは、任せてください」


 とん、と胸を叩いた。

 腰を下ろして美乃理の横に並んで座った。


「宏美さんどうぞ」


 そして亜美からありがとう、と一本受け取って、着火用においてあるロウソクに線香花火に火をともした。


「わたしは、こういうのをやるの、久しぶりね」

「え? そうなんですか?」


 美乃理といえど、花火ぐらいはそれなりにやったことがある。

 美香が大好きだから、まだまだ夏の間は何度も機会があるに違いない。


「そうね、美乃理ちゃんのところには、美香ちゃんが、いるものね。わたしは、家でこんなことすることって無いの」


 ちかちかと幾何学模様の火花を散らす線香花火。

 複雑な家庭事情を伺わせた。

 家族や友達と花火を遊ぶような機会も得られない。


 凄く綺麗だけど、一瞬綺麗に輝いて、ぽとりと落ちて消えていく。


「なんだか、わたしたちみたいね……」


 宏美がつぶやいた。


「ほんの一瞬の輝きがすべて」


 新体操のことを言っているのだろうか。それとも……自分自身?

 後者のことは考えたくなかった。


「違いますよ、みんなと一緒の時間と練習があるんですから。それに終わってもまた次があります」

 

 美乃理の言葉に、亜美も同意する。


「宏美さんは、一瞬なんかじゃないです。ずっと素敵だから」


 より美しい演技を見せるために成長していく。


「それもそうね」


 暗闇に包まれる三人。

 何かその言葉に裏があるのだろうか、妙な気がした。


 そして突然わああ、きゃあああ、と一年生たちが騒いだ。

 最後に余ったねずみ花火がしゅるしゅると少女たちの足元で暴れていた。


「ばか、もっと向こうでやりなって」


 誰かが足下の近くでねずみ花火を点火してしまったのだ。

 音を立てながら暴れ回る。

 こういう時に、決まって和穂が被害を受ける。


「わああっ」


 驚いた和穂は勢い余って後ろの池にドボン。

 悲鳴と笑い声の中、ずぶぬれになって出てきた。


「うう……冷たいよ」


 池の藻の臭いと共にあがってきた和穂の半泣き顔は、写真とともに後々まで語り継がれることになる。


「着替えてきたら?」


 好子に促されて頷く。


「うん」


 付き添われて建物の中に消えていった。

 全部の花火を遊び尽くして、最後にバケツの水で消した。


「あーあ、終わっちゃった」


 残念そうな声があがった。

 すっかり花火の煙が皆の鼻についた。


「みんな! こっち来て!」


 高梨部長が数人を引き連れて何かを重たそうに運んできた。

 歓声が起きた。

 お盆の上にたっぷり乗せられた、赤くみずみずしいそれは、夏の合宿の思い出に格好だった。


「さっき食べたばっかりなのに……うう、でも西瓜も食べたい」

「やだ、ふとっちゃう。でも今日はいいか。明日からまた頑張れば」


 その冷たい切られた西瓜を皆で食べた。

 そして今日で最後になる雲のない綺麗な一面の星空を眺めた。


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― 新着の感想 ―
満喫出来ている様で良いですね
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