第157章「得難いもの」
合宿も終盤になった。
ミーティングの翌朝も雲一つない晴れで、真夏日だった。
皆が話し合った内容からさらに練習内容を充実させ熱を帯びている。
各自仕上げにかかっている。
美乃理も課題だった演技の安定性を改善させつつあった。
まったく無いわけではないが、ミスにはならない範囲に収まっている。自分の中の稔は今は落ち着いてくれている。
空中に手具のボールを投げてキャッチする練習を何度も美乃理は繰り返す。
「だいぶ良くなったよ!」
演技の完成度を測っていたさつきも撮影カメラを手に持ったまま大きな丸を作った。
「じゃあ、通してやってみよっか。いけそうだよ」
「わかった、じゃあさっちゃん、またお願いね」
もう一度最初の位置に戻る。ボールを手に持って最初の姿勢を取る。
さつきはタイミングを見計らって、脇のスピーカーのスイッチを押す。
音楽が流れ始めた。
「始まったよ……」
美乃理が通しの演技を始めると、吸い寄せられるように、練習の場にいた皆が注目した。
正愛だけでなく王鈴の部員たちも、そして指導陣たちも、目を奪われる。
栗原コーチも見守っている。
「やっぱり御手洗さんは別格ね」
「どうやったら、あんなふうになれるんだろう」
近年は新体操の技もどんどん高度で複雑になっていく。
フィニッシュに至る直前まで、技を次々に繰り出す。ハーフシューズの先端が頭にくっつきそうなぐらいに大きく曲げて、身体をくるくると回転させる。手で姿勢を維持しない難しいスキルを取り入れる。
最後に手を大きくかかげてボールをキャッチしてポーズを決めた。
突然、別の方向から大きな拍手が起きた。
同時にわあああ、と新鮮な感嘆の声があがる。
合宿生たちがなんだろう、とそちらに視線を送ると、出入り口の部分に人だかりができていた。
この合宿練習はいつになく熱気があり、こもってしまった空気を逃がすために扉を開けっぱなしにしていた。
その開かれた扉から練習の様子をこっそり見学するギャラリーが集まっていたのだ。
恐らく他の競技の合宿生たちが休憩か練習の合間にやってきたと思われる。
「見て見て、新体操で合宿にきている子たちの演技よ」
昨日お風呂ですれ違った三嶺女子大陸上部の女子学生たちも入り口付近に集っている。
日焼けした肌の集団がーー。そこからさらに他の合宿グループに噂が広まったのか、ギャラリーは多く膨れ上がっていた。
美乃理はそっちにも一礼をした。
その美乃理のパフォーマンスに女子大生たちのより大きな拍手も加わり練習場に再びわき起こる。
思わぬ発表会が始まった。
続いて宏美の演技練習が始まろうとすると、ギャラリーは一層沸き立った。
「あ、あの子龍崎宏美よ」
「知らないの? 超有名だよ」
宏美が舞い始めると、ギャラリーたちの感嘆が聞こえてくる。
音楽と調和がとれた優雅な動き、複雑な動きでもぶれない体の軸。
そして180度以上に開かれる大きな開脚ジャンプ。そして体とまるで一体となったかのような手具の動き。
種目は違えどスポーツをやっている者には、高度な技術であることが伝わる。
「うわ、どうやったらあんなに柔らかくなれるの」
「なにあれ……凄くひかれちゃう……」
宏美の魅力である神秘的な美しさはここでも発揮される。見る人の心を振るわせ、地上に空から降りた女神のように舞う。
正愛の新体操部でつけられた「天上の女神」の呼び名はまさに適していた。
観衆の大学生たちは、瞬く間に宏美の演技の虜にさせられる。
宏美が大きな技をみせるたびに、歓声があがる。
新体操に詳しくなくとも、その演技が素晴らしいことは理解できた。
「ああ、ああいうの凄くあこがれるなあ」
「あたしも、初めて間近で本物の演技をみる」
ギャラリーの女子大生たちにとっては、女性らしい美しさを競う特有な競技が特に眩しく感じられた。
「是非こっちに来て、みてってください」
コーチたちもギャラリーを歓迎したのか、もっと見やすい位置へと誘導していく。
「うわあ、ありがとうございます」
女子大生たちも喜んで見学をする。
盛んに拍手が起き、本番に近い雰囲気が出る。
より一層盛り上がりを見せた。
予定は変更。
コーチ、教師陣も協議の上、即席の発表会になった。
「王鈴さん、次、お願いします」
「もちろんです」
盛り上がりをみて、王鈴の方も負けずに演技を披露した。
例え練習とはいえ、正愛の活躍を指をくわえてみているわけにいかない。
西の名門の意地をみせてやる。
改めて気合いを入れた王鈴新体操部員たちは整列し、指示が送られる。
こちらは得意とする団体演技で、正愛に対抗する。
こうなったら負けられない、とばかりに本気を出してきた。
亜美も団体メンバーの中に加わっている。
「あ、見てみて、次が始まるよ」
「次はどんなのをみせてくれるんだろう」
見学の大学生たちも、期待が高まる。
(頑張ってね、亜美ちゃん)
美乃理も大学生たち周囲と一緒に拍手を送った。
西の名門とされる王鈴で鍛えられた、亜美の安定した演技は相変わらずだった。
正愛のような自由奔放さは無いが、一つ一つが練習に裏付けされた丁寧な仕上がりであった。
「すごい、息がぴったりだよ」
また女子大生たちは歓声をあげる。
繰り出される手具を使った五人の動きに魅入られる。
ぴったりと同じ動きをしたかと思うと、複雑に入り乱れる技の連続。
大きなミスをせず、こなしてゆく。
落ち着いてみられる安心感があった。
美乃理たちとは別れても、亜美の良い部分は、変わっていない。
やっぱり亜美もその技術を成長させている。
「良かったよ、亜美ちゃん」
終えたとき、美乃理も盛大な拍手を亜美たちに送った。
ささやかな発表会が終わると、ギャラリーたちに激励された。
「あたし、もうあなたたちのファンになっちゃった」
「もし大会とかで会ったら応援するからね!」
見学の三嶺女子大生たちと去り際に握手まで交わした。
「みなさんも是非、陸上頑張ってくださいーー」
思わぬエール交換で新体操だけでなく、他の競技の人たちと交流を深められる。
今回の合宿に来てよかった。
その思いが美乃理の心の底から自然にわき出た。
様々な出会いと体験。
かつての稔の時、受験合宿では得られない体験であった。




