第154章「夏の夕暮れに」
「でも正愛にもこれっぽいのあるよねー。ほら、特進科の子。きっとこういうのに来てた子たちだよ」
「あー、そんな感じかもね」
あははは、と大受けしていた。
美乃理にとっては、彼女たちの辛辣な批評には耳が痛かった。胸にいくつも突き刺さるものがあった。
(あはは)
「みんな……もうその辺にしときなって」
美乃理は少しいたたまれない気持ちになった。
まさに自分のことだ、とは言えない。
そして口の達者な女子の手にかかれば、ひとたまりもない。顔も赤くなってきた。
「えー、なんでですか?」
「こういうのを真剣に目指している子たちもいるし、悪口は良くないかなって」
やたらとかばう美乃理に、ピンとこない子たちが対照的だ。
「そうですかぁ?」
「それより集合、集合。また部長たちに叱られちゃうよ」
下級生たちの背中を押した。
「ねえ、和穂ちゃん」
一年生女子に混じって和穂が掲示物をぼんやり眺めていた。
癖の強い髪がまたふわっと浮いてきている。
彼女も顔を真っ赤にしている。
「え? あ、はい、そうですね」
慌てて返事をしてきた。
「そういえば、和穂ちゃんは新体操を始める前は何をしてたのかな?」
新体操は正愛に入ってから始めたと聞いていた。
それ以外は謎の子……美乃理には興味が以前からあった。
「わたしは……特に……いえ、無線とかパソコン……だったかな……」
合宿の打ち合わせの時にノートパソコンを叩いていた姿が印象に残っていた。レジュメもとりまとめも和穂がさっと作ってくれた。
「そうなんだ。じゃあ今度困った時はお願いしようかな」
「い、いつでもどうそ」
和穂はそそくさと帰って行く。
部屋に戻る前に部長からの指示が飛んでくる。
「この後お風呂入って夕食が済んだら八時から大会議室でミーティング。時間が押してるから、すぐに入る準備しなさいよ。あと九時には一旦消灯になるからね」
一端部屋に戻った後に、大浴場に決められた順番に入ってゆく。
美乃理も順番がくると入浴の支度をして部屋の仲間たちと共に向かう。
女湯の暖簾がかかっている大浴場の前まで来ると、中からちょうど別の集団が出てきた。
短パンと学校のロゴ入りシャツのみの開放的な姿であった。
サンダルでタオルを首にかけながら頭をふくなど、リラックスしている様子。
雰囲気でわかった。
一回り大きな体つき、大人びていて凛々しく、少し自由を感じる雰囲気――。
女子大生の集団だ。
美乃理たちは、廊下の隅で通路を譲りつつ軽く挨拶をする。
向こうも気づいた。
「あ、あなたたち、ひょっとしてさっき練習場にいた新体操の子たちでしょ?」
「実はさっきのあなたたちの練習、端から見せてもらったのよ」
練習場している時に数人、入り口でギャラリーでたまっていた他の合宿チームのようだった。
そして、その体つきからわかる。おそらく女子大の陸上関係の合宿チーム、あるいは柔道部の強化合宿。
「あたしたちは、三嶺女子大ってとこよ」
「知ってるかな?」
美乃理たちは、頷いた。中国地方でスポーツでも有名な大学だ。
陸上部の合宿で来ているのだという。
確かに、すっかり日焼けした小麦色の腕や脚に日焼けしていない白い部分がくっきりとみえる。
おおよそ察しがつく。外で沢山練習をしたのだろう。
気温が上がりすぎないこの付近はうってつけのトレーニングの場所なのだ。
涼しいが、それでもそれなりに日差しはある。
そして向こうも、こちらの様子を察していた。
「ほんとうに綺麗、スタイルいいねえ」
「あなたたち、どんなふうにすればそんな体を作れるのかしら」
細い足と絞まった腰でわかるらしい。特に美乃理を見つめていた。
手足、腰の形を見定めていた。
「ありがとうございます」
やっているスポーツによって筋肉のつき方が異なるみたいで、この女子大生たちは、特に太股や腕の筋肉が太い。それでいて無駄な脂肪はない。
「可愛いよねえ。ほらリボンとかフープ……あたしも昔小さい頃に、幼稚園の演芸会でやったけど、あたしなんか記憶にある限り、あれ以来だよねえ」
口々に賞賛してくれる。
「そうそう、お遊戯会とかでやったきりだよ。あたしも」
「やっぱり憧れるなあ」
新体操は女子の花形のスポーツの一つ、だが向き不向きがはっきりでる競技でもあるので、たいがいは諦める道ーー。
これまでに、美乃理も嫌と言うほどに痛感した。
時に嫉妬されたり、やっかまれたりすることもあるぐらいにーー。
「頑張ってね」
三嶺の女子大生たちは去っていった。
「はい、みなさんも」
美乃理はその姿をみつつ、もし自分が別のことをやっていたらどうなっていたんだろう…… 陸上、ソフトボール、バスケット、バレー。という疑問は確かにあった。




