第15章「美乃理の告白」
※この小説は男性から女性への性転換を題材にしています。それらの表現、描写がありますので、ご注意ください。
約束していた家族三人の日曜日のお出かけが中止。
その知らせを受けた時も稔は家で一人だった。
「ごめんなさい、稔。急に仕事が入っちゃって。今日のサッカー観戦いけなくなっちゃったわ」
受話器の向こうの母さんの声がこんなにも遠く感じたのは初めてだった。
リュック、水筒。楽しみにしていた家族での外出。
珍しく家族三人で出かける約束だった。
いつも一人でいるから。テストの成績が良いから。
そのご褒美で、前から行きたかったプロのサッカーチーム同士の試合につれてってもらうことになった。
前に伊藤健一が、見に行ったのを聞いて稔も珍しくお願いして聞き入れてもらった。
けれどその願いはかなわなかった。
「父さんは?」
「お父さんも仕事が入っちゃったって、昨日言ったでしょ?」
既に前日に父さんが急な出張で行けなくなっていた。
だから、母さんと二人で行くことに変更になった。
そして今日。
その母さんから仕事場からの電話だった。
「残念だけど、次の機会ね。あ、また仕事に戻らなきゃ……切るわね」
受話器が切れるとボクはしばらく、その場に突っ立ったままだった。
熱い物が頬を伝った。
泣いた。
事情は理解している。
父さんと母さんを恨んでるわけでもない。
でも何故か稔は泣いた。
「ごちそうさま――」
小さなお茶碗に、小さな箸。
もともと子供向けのものだから当たり前だがそれにしたって小さかった。
しかし、案外お腹いっぱいになってしまった。
こんなことからも、今は幼い女の子であること美乃理は実感させられる。
夕食の後かたづけにかかる。
この後は少しくつろいだ後、食器洗い、それにこの二日間不在でできなかったことを父さんと母さんはやるはずだ。
稔の時と同じく美乃理はお風呂に入って、宿題、勉強。
それらが始まる前の、ほんのわずかな団らんの時間があった。
美乃理は忍との約束を忘れてはいない。
話をするなら、今しかない。
父は、新聞を広げている。
母は仕事の愚痴を言ったり、近所のお母さん仲間達での噂をしている。
そしてそれを黙々とお茶を飲みながら、聞いている。
時折あいづちをうったり、頷いたりしている。
父のいつも見慣れた光景だった。
「ほう、美乃理も手伝ったのか」
「ええ、今日はお買い物いったり、晩ご飯の支度も手伝ってくれたのよ。昨日は一人で留守番してくれたし……」
一瞬考え込むような仕草を見せた後に美乃理を見つめた。
「美乃理にもご褒美あげないとね。何か買って……そうだ、今度の連休に、美乃理が行きたがっていた遊園地に行きましょうか? ねえ? あなた」
「ああ、そうだな」
父は広げた新聞に写しかけていた新聞から目を離し、美乃理の方を見た。
表情を伺っているようだ。
「今度何とか休日に都合をつけてみるか」
「あら、珍しく乗り気ね。じゃあ、決まりね、美乃理」
母さんは既に乗り気だった。
なおも父さんは美乃理の方をみていた。
(だめだ……)
サッカー観戦から遊園地に変わっただけ。
美乃理が男の子でも女の子でもその日は父さんと母さんの予定が合わずに結局中止。
ずっとこれまでにもあったパターンだ。
「母さん!」
「あら、何?」
「遊園地じゃなくて、その……」
「違うお願いが……あるんだけど」
「あら? そうなの?」
「そ、その……」
言いよどむ。
まさか、ボクがこんなお願いをすることになるなんて。
こんなことが現実に起こるなんて。
正愛学院で過ごしたあの一ヶ月が記憶からよみがえってくる。
正愛学院の新体操部。
高梨先輩。
清水さん。
美しく華麗な舞。あのレオタード……。
青春の情熱を燃やすすばらしい女子部員達。
あの感動した世界が。
でもまさかボクが……。絶対にありえないはずだったのに。
今のこのポニーテールの髪、赤いランドセル、スカート、小さな手と足。
幼い女の子の体。
忍ちゃんの誘い。
それもこれも、すべてが新体操へと続く道標にも思えた。
つい三日前の自分では考えられなかったことだ。
でもまさにその瞬間がきている。
「新体操クラブに入りたいんだ」
振り絞るように出た声だった。




