第146章「新しい自分に」
宏美の頼みに部屋にある衣服や下着着替えを千鶴子は準備する。
同時に身だしなみの準備をしてくれた。
「これを着るのか」
宏美は自嘲しつつ呟く。
ショーツも靴下も、女性用のものだった。
意を決して着ることにした。
足を入れて引き上げる。頭から被り袖を通す。
下着は少女の体にちょうどよくフィットする。
少し涼しげに感じる下半身のスカートはさわさわ揺れる。
初めての女の子用の衣服ではあった。戸惑いはもちろんある。
「はは」
冷笑した。何の運命の悪戯か。
「お嬢様。もしよろしければ……」
千鶴子は提案した。このまま出るのではなく、もう少し下準備がしたいと。
部屋に備え付けられている鏡台の前に座るようにお願いをされる。
「任せます」
千鶴子は頷き、早速櫛を手に取った。
髪を丁寧に整えてくれた。彼女は何度も丁寧に髪に櫛を入れる。
眉も整え、化粧まではいかなくとも、しばらく閉じこもった陰鬱な肌のむくみを感じさせない施術をほどこされた。
大きな黒いリボンを頭に着けて仕上がり。
「いかがでしょう」
そして鏡こしに宏美に視線を送った。
「……悪くない」
鏡に映る自分をみた。そして落ち着いた口調で答えた。
「お綺麗でございますよ」
千鶴子の腕でできあがったのは清楚な少女だった。
いかにも気品も感じさせるどこかのお屋敷の令嬢。
事実そうではあるが。
「これが自分なのか」
整えられ潤いの増した髪をそっとかきあげた。さらさらと髪が手の中でこぼれ落ちる。
思っていた以上に形は整っていた。自惚れているわけではなく、どうにかなりそうな気がした。
こうなると腹も据わってくる。
「これは予想外だな」
面白くなってきた。今は龍崎家のご令嬢というのならば、ちょっとなりきってみるか。どうせこのまま部屋に閉じこもっていても仕方ない。
男子の時の龍崎宏は元来引きこもり体質ではなかった。
だからショックで一時引きこもったものの、決してずっとこのまま一生部屋からでないでいる気持ちもなかった。
むしろやれるだけやってみよう。どうせ今の自分は引きこもり少女。駄目でもともとだから。
そう思うと口元に笑みが浮かんだ。
「少し外へ行きたいのだけれど」
ちらりと婆やを見ると、かしこまって頭を下げた。
「かしこまりました。それではお供いたします」
そしてゆっくりと立ち上がって部屋を出た。
婆やの手でドアが開かれる。埃っぽいよどんだ部屋の空気から、少し冷たい綺麗な空気がした。
屋敷の長い長い廊下を歩く。後ろを婆やがしずしずとついてくる。
「大丈夫ですか? お嬢様。お手をお貸ししましょうか?」
千鶴子は宏美がぎこちない歩き方をしていることに気づいた。
「大丈夫。むしろ、一人で歩いた方が早く慣れるから」
「承知しました」
千鶴子は宏美の不自然な動きを引きこもっていたことが原因と考えたが理由は別にあった。
(やっぱりこの体、違う)
女性の体は単に性器官の違いだけでない。体つきが違う。
脚の細さ、腰の形。
微妙な感覚の違いがあったが、次第に慣れたていった。
すぐに女性らしい優雅さを感じさせる歩みになった。
まさか中の人格は男子高校生とは夢にも思っていないだろう。
途中で何人かの使用人たちとすれ違う。
ゆったりと談笑して掃除のための箒や窓拭きの布を手にしている。
宏美の姿を見つけて驚愕の表情を浮かべる。
「あ、お嬢様、部屋から」
「これは、失礼しました。お、お許しください」
緩んでいたところを見られた二人は、慌てて背筋を伸ばして頭を下げて挨拶する。
「ごきげんよう、皆さん」
龍崎家の女子が行うとされる挨拶の口上してみた。
「は、はい、いってらっしゃいませ」
「お気をつけて、お嬢様」
頭を大きく下げたままで声をあげた。
通り過ぎていく宏美と千鶴子を、ほっとした顔で見つめていた。
咎められたかったのも幸いだが、もっと大事件だった。
「大変、お嬢様が部屋からお出になられた」
「皆に知らせないと」




