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第143章「宏美、目覚めと衝撃」

「ああああああああ」


 大きな引き裂くような少女の叫び声。

 これが龍崎宏美がこの世界で発した最初の声だった。


 長い髪の毛、縮んだ体。

 明らかに女性用の衣服。

 そして男と女の違う体の部分。

 目が覚めた途端に龍崎宏美の精神は混乱した。

 一体何が起きたのか。

 記載されている名前が違う。


「宏美? 一体誰なんだ」


 教材も、小学校のものになっていた。

 ランドセルも赤い。

 部屋に備え付けてあった鏡を見た。信じられないものを見た。

 自分のようで自分でない。

 子供の姿、そしてどうみても少女になっている自分だった。

 オレはどこへ行ったんだ。呼んでも叫んでも、自分はどこにもいなかった。

 震える手で鏡をさわった。

 鏡の向こうの少女も同じように手を自分の方へ向けた。


「うわああああ」 


 それが自分だと認識し、両手で頭の髪を掴んでまた叫んだ。

 鏡を倒した。ガシャン、と音がした。

 不思議な部屋で深い眠りに誘われ、再び意識を取り戻した時にはまったく違う世界にいた。

 自分の存在さえもまったく別。


「お嬢様!?」

 

 叫び声に屋敷のものたちが駆けつけてきた。

 ドンドンとドアをたたく。


「宏美お嬢様、どうされたのです?」


 ドアの向こうからの使用人の呼びかけで理解した。

 他の者もどうやら自分を少女と認識している。

 ここは自分が自分でない世界。少女の世界。


「なんでもない、あっちへ行けっ」


 床にうずくまったまま叫ぶ。

 ドアの外でオロオロするような気配があったが、やがて外の気配はなくなった。

 それから人を寄せ付けなかった。

 宏美が最初に取った行動は、自分の世界に閉じこもることだった。




「そうだったんですね……」


 意外には思わない。

 急激な変化にはその反応もむしろ当然かもしれないと美乃理は思う。

 よほどの少女への変身願望が元からなければ、衝撃だ。

 美乃理とて忍やさやかなどが周囲にいなかったら、どうなっていたかわからない。

 ましてや複雑な事情を抱える龍崎家ならなおさらだ。

 一見何不自由ない上流階級の子女たちだが。

 うらやましいとは思わなかったし憧れもなかった。


「わたしだってすぐに宏美という少女の存在を受け入れたわけではなかったの。女の子になりたい、なんて願望はその頃は思ってもみなかたしね」


 その過程で色々なことがあっただろうことは美乃理にもわかるが、美乃理の知っている龍崎は、今の龍崎宏美だ。


「わたしが宏美さんと出会った時はもう既にとても綺麗な人でした」


 美乃理はその時のことを決して忘れずに覚えている。まだ自分の変身にも戸惑う中で、花町新体操クラブに入ることになった。

 そこでは、なにもかもが新しく、期待もあったが、負けないくらいに大きな不安もあった。

 そして、そこで出会った一人の花町新体操クラブの上級コース生。

 一際周囲とは違う雰囲気を持ち、美しい少女がいた。

 新体操に真摯で、可憐に舞う。誰もが目を奪われた。

 そしてその少女と目があったとき、電撃が走った。

 美乃理は感じた。この人は違う。ただ綺麗な少女ではない。

 自分と同じようなものを感じる。

 男子的なものは感じなかった。なのに感じた。

 この人はひょっとして……と美乃理は思った。

 一方の宏美は、もう全て気づいていた。美乃理の正体、真実に。

 宏美は何もかもを見通すまるで女神だった。

 彼女はもう既に今の彼女だった。


「そうね、あの時には、もう今の宏美を受け入れたわたしになっていた時ね。でもわたしは、その前は美乃理ちゃんよりもっと大変な子だったの。素直じゃなくてとても意地悪だった、とても言い表せない酷い子だった」


 考えてみれば美乃理は、それ以前の宏美を知らない。

 断片的に話を聞くことはあったが、詳しくは知らない。

 直接その口から知りたい。龍崎宏美の過去の話。そしてあの姿に誕生した時の話。

 だから美乃理はその告白に耳を傾けた。今聞かなければ、次はいつ聞けるのかわからない。


 時計を見た。

 まだ午後の練習時間が始まるまで時間があった。

 周囲もおしゃべりをしている子たちのざわめきが止まらない。

 窓の外を見ると、夏の雲がだいぶ張り出してきた。

 いかにも夏の大自然の天気。


「わたしの話、ちょっと長くなるけどまだ聞いてくれる?」

「はい」


 もちろん、という美乃理の返事と同時にゆっくりと龍崎宏美の唇が動く。


「「その日」以来、わたしは入浴もせず、食事もほとんどとらず、外も出ることもなくただ引きこもっていた……」

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― 新着の感想 ―
[一言] 性転換もので一番好きなのは変身直後でしょうか~(本人に はたまったものではないでしょうけどね。) 自分にはこのような文才はないようで筆が進まないのですけどね~
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