第142章「宏美の告白」
「この合宿もその一歩……ということですか」
正愛と王鈴の生徒が仲良く入り交じっている食堂を見た。
確かに一丸に、という効果はでてきている。
「ええ、だから美乃理ちゃんも、しっかりやらないとね」
宏美も美乃理もお互いに頷いた。
(宏美さんはやっぱり先まで考えてるんだ、偉いな)
見習わないといけないと思うと同時に龍崎宏美のような芸当はできるのだろうかと思う。
安心したら喉が乾いた。冷たいお茶のコップに手を伸ばす。
「それはそうと……」
宏美は話題をふいにここで打ち切った。
「敦子ちゃんは美乃理に何て言ってきたの、昨日の夜中ーー」
不意打ちだった。
美乃理は、ちょうどコップの冷たいお茶を飲もうとしていた。
「うぐっ」
飲もうとしていたお茶を危うく吹き出しかけた。
「ごほっごほっごっほっ」
慌てて飲み込もうとして、むせてしまった。せき込む。
「彼女、自分が何者なのか美乃理ちゃんに、あかしたのかな?」
宏美がひょっとして気づいているかもしれないとは思っていたが、そのタイミングは唐突だった。
せき込みか、それとも急に振られた話題のせいか、美乃理はさらに涙目になった。
元に戻るまでにしばらく時間がかかった。
「わたしのことも敦子ちゃんは何か言ってたのでしょう」
さらに追い打ちをかけてくる。
「宏美さん……ちょっと、このタイミングでやめてください」
明らかに今のタイミングは狙っていた。
してやったり、という顔で微笑んでいる。
「うふふ、美乃理ちゃんの方から教えてくれなかったからよ」
悪戯をしてやったという少女の顔の笑いだった。
「もう……」
「隠し事をしようとするから、ちょっとお仕置きね」
「だからって今のはないです……こほっ、隠してたわけでもないし……」
まだむせている美乃理は少し不満げにする。言うタイミングが無かっただけだ、と心の中で言い訳ををした。
「じゃあ、もうやらないから教えてくれる?」
断ればさらなるお仕置きをやられそうだと思った。
「はい……」
美乃理はあきらめまじりのため息をまた一つする。
敦子からは言うなとは止められてはいない。恐らく敦子も宏美が自分たちの動きを感づいていることは悟っているだろう。すぐにばれることも。
宏美という人物をよく知っている美乃理も隠しきれないと思った。
一つ深呼吸をして息を吸い込む。
そして思い切ったように口を開いた。
「宏美さんについて行っても、真実にたどり着くことは無いって」
正直に話すことにした。
龍崎宏美は女神ではあるが、真実への道があるとは限らない。敦子の言葉を伝えた。
「そう、やっぱり……」
すると少し腕を組みつつ視線を美乃理から外し、天井をみつめる。
「あの子、結構辛辣ね」
宏美は怒る様子も悲しむ様子も見せない。まるで敦子の言葉までも予測していたかのようだった。
「宏美さん、敦子さんと二人は仲が悪いんですか? 嫌っているのだったら……どうにかならないですか」
「そんなことは無いわよ。あの子にはあの子の考え方とやり方があるし、わたしにはわたしのやり方があるだけのこと」
美乃理の心配をやんわりと否定した。
「じゃあ、あっちゃん、敦子さんの言う宏美さんの真実って……どういうことなんですか」
宏美は少し目を逸らした。そして窓の外の景色を眺めた。
緑の山々がどこまでも見える。そして、空には夏の入道雲が見えてきた。
食堂内は相変わらず女子たちの話し声が騒がしい。
しばし押し黙った。
一体何を考えているのだろう、その目は何を見ているのだろう、と美乃理は思う。
そしてようやく口を開いた。
「わたしがこの姿。今の宏美になった時……ショックで三日間部屋から出なかったの。もう10年も前のことね」
唐突な話に美乃理は一瞬戸惑ったが何を言い出したかわかった。
「あの日のことですか」
あの日という言葉だけで宏美と美乃理の二人だけに通じる。
美乃理も遙かな記憶を呼び起こした。
宏美も自分も同じように旧校舎に連れて行かれたと聞いた。
そして不思議な部屋で、あの不思議な体験をしたはずだ。
ただどの時点までさかのぼって意識を戻したかまでは定かではなかった。
「目を覚ましたら、屋敷のベッドの上、わたしは小学生の少女に変わっていた」
つい昨日まで周囲を傷つけ荒れていた気性の荒い男子高校生。盛り場をうろつき、喧嘩もした。
荒れた日々を送り、満たされない感情にやり場のない怒りと寂しさをぶちまけていた。
それが、あの日、全てが変わった。




