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第14章「美乃理(みのり)と父」

 父と母は、大学で知り合った仲だったと稔は聞いたことがある。

 何かの研究テーマで行動を共にするようになったことがきっかけで、付き合うようになった。

 その後就職した後も関係は続きやがて結婚。ほどなく稔が誕生した。ただお互いとにかく仕事が忙しかった。

 特に父、御手洗五郎は多忙だった。

 稔が、物心ついた頃からずっと父はいつも仕事で家にいなかったと記憶している。

 忙しくて、正月から仕事をしていたこともあった。

 たまにいる休日はも疲れて寝ていたり―― 稔の知っている父さんは、居間で新聞を広げて読んでいて、ずっと黙って聞いている。


稔のことは、母に任せきりだった。


 だが。

 ただ一度だけ、稔のことを気にかけたことがあった

 ようやく受験を終え、正愛学院に進学することが決まったした時、お祝いと西洋高級料理店へ連れてってもらった。


「おめでとう」


 ささやかな祝いの席で母から記念にと高そうなペンを貰った。

 実は第一志望は叶わなかった。挫折を味わった稔への両親からの気づかいだった。


「あっありがとう」

「頑張ったわね。みのる、でもいい大学にいくには、もっともっと勉強しないとね」

「うん、母さんーー」


 母さんはいつもどおりだな、と思った。

 そして、自分のことは無関心だと思っていた父さんがその時、一言だけ稔にいった。


みのる、これからは勉強以外のこともやったほうがいいぞ。何か悩むことがあったら相談してくれ」

「あ、うん。わかったよ」


 貰ったプレゼントの珍しさから、父からの忠告を聞き流してしまった。

 そして――。

 稔は道を誤ってしまった。

 伸びない成績と満たされない学校での日々に、邪な快感に身を委ねてしまった。





 美乃理は、父と母が昔どうだったかを思い出しつつ、まだ迷っていた。

 忍との約束を果たさないと。

 新体操クラブの件を両親に話さないといけないが、話してもいいだろうか。

 確かこの頃から、既に父と母は我が子を受験させることを既に決めていたはずだった。

 受験する学校も塾も決めていた。

 今の自分が女の子でも再び同じ受験の道を行かされるのではないか。

(聞きいれてくれるかな……)

 思わず母に編んで貰った三つ編みを触った。

 三つ編みにした自分の髪の毛が揺れるのがなんだか変で面白い。しばらくなんども頭を振ったり触ったりしていた。


「あら、美乃理、そんなに喜ぶなんて初めてやったみたいね」

「うん、これ、とってもいいよ」


 美乃理が笑ったから、母さんも笑みを浮かべる。

 食べ終わったケーキの皿と紅茶のカップを片づけると、急に催してきた。

 またあの感覚が襲ってきたのだ。

 既に何度か体験しているので、やり方は覚えてきた。

 まだ慣れは必要だし、戸惑いもあるけれど……。

 美乃理は、細い脚をやや内股にして、立ち上がった。


「よしっ」


 訪れた生理現象を済ませトイレを出た。そして迷っていてもしかたない、と気合を入れたところで、遠くで家の固定電話が鳴った。

 ジリリリ。

 母さんが受話器を取った。


「もしもし……御手洗です。あ、あなた……え? 急に仕事がなくなって? もうこっちに帰ってきている?」


 受話器を置いた母さんが、ボクに告げた。


「お父さんが帰ってくるらしいわ。せっかくだから、一緒に夕食を食べしましょう。そうだ、お買い物に 行ってないわ、美乃理、買ってきてくれる?」

「え? うん……」


 気合をくじかれた。

 とりあえず、告白は一時中止。

 そして母から渡されたメモの指示どおり、近くのスーパーまで買い物に行く。

 学校と反対側にあるスーパーマーケットは、歩いて15分ほど。

 小さなスーパーマーケットで、駅前にできたセンタービルに入った大手スーパーに押されていった。

それでもしばらくは、頑張っていたが、中学に進学する頃に閉店していた。


「あ!みのりん」


 スーパーに到着して入口から入ると聞き覚えのある元気な甲高い声が美乃理を呼ぶ。

 誰だかすぐにわかった。

 橋本さやかだ。昼間と同じ格好だったけれど夕方の気温が下がる時期だったか、コートを一枚羽織っている。


「あ、さやかちゃん。今日は、水泳無いんだ」


 昨日自転車の駕籠に入れていた水泳バッグは持っていなかった。代わりに、買い物袋を持っている。

 どうやら、美乃理と同じ用事のようだ。


「うん。夕飯の支度手伝ってたら、玉ねぎが無いから買ってきてって言われて。みのりんもかな?」

「うん、まあ……」


こんな時期から料理も、教わってるんだ。偉い。


「さっきまで、シノもいたんだよ」

「シノちゃんも?」

「お母さんと一緒に買い物に来てて、今日は、ハンバーグだって言ってたなあ。一緒にこねるって。いいなあ……あたしも早く上手になりたい」

「知らなかった……」


 結構みんなお手伝いをしている。少なくともボクの周りの女の子は――。

 しかも、積極的に。ボクも見習わないと。


「あ、そうそう、昨日シノが言っていた新体操のことだけど……うちのお母さんにお願いしてみたら……」


謝るように、袋を持っていない左手っで謝るように顔の前に立てた。


「ごめん……本当は一緒に行ければ良かったんだけど、お母さんに駄目って言われちゃった……。もう水泳やってるし新しいとこに通わせる余裕がないって」


 本当に残念そうにしている。


「羨ましいな、あたしもあんなふうに綺麗に踊りたかった」


 さやかは、向いていると思う。

 スポーツは得意だし、綺麗な子だ。レオタードも似合っているかもしれない。

 でもタイミングが合わず両親が認めてくれない。それに比べるとまだボクはまだチャンス。

 そうだ、父さんが帰ってきたらちゃんと言わないと。


「でも、水泳は頑張るよ、あたし。あ、いけない、もう帰らないと。じゃあね、また明日」


 そういって去っていたさやかの瞳に、曇りは無かった。



 父が帰ってきたのは、それから1時間後。

 出張帰りのスーツ姿でただいま、という短い挨拶だった。


「お帰りなさい、あなた」

「お帰り、お父さん」


 父に挨拶した。父も母と同じく美乃理が知っている姿よりも若かった。白髪はなくて、皺も無い。まだまだ若さが溢れている。


「元気だったか? 美乃理」


 そして、やはり稔が美乃理になっていることには気づきもしない。

(やはりボクは父さんと母さんの「娘」になっているんだ)


「うん」

「そうか……いつも女の子一人で家にいるのに、偉いな」

「!?」


 大きな手で頭を撫でてきた。

 驚いた。

 こういう時、軽くボクにも声をかける。それはいつものことだった。

 だが今日は違った。さらに、ボクに構う。


「今日はおさげなんだな、可愛いよ、美乃理」


 撫でながら、父さんはボクをじっとみつめた――。





 やがて始まった夕食のひととき。


「美乃理、ちゃんと頂きますは?」

「ほら、しっかり背筋伸ばして――箸をしっかり持ちなさい。髪の毛入っちゃうわよ」

「なんだか、男の子みたいでしょ? 今日の美乃理やっぱり……周りの子の影響かしら? 公立は駄目ねえ」


 夕食時の母さんの小言攻勢は、美乃理にとっては、予想外だった。

 しつけについて細かくチェックされる。

 マナーについては女の子だからより厳しく見られるらしい。

 そのたびに「は、はい、母さん」と謝る。


(これじゃおちついて食べられないよ)


 その日はいつもの夕食の倍疲れた。美乃理は辟易した。


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