第139章「昼休憩にて」
「わあ、気持ちいい」
熱気がこもる練習場から出てきた少女たちは、外の新鮮な空気に思わず深呼吸をした。
今日も高原らしく、暑い日差しの中からも時折涼しい風が吹いてきていた。
深い林の中からは蝉の鳴き声が響いていた。
「良い景色」
そして間近に見える高い山々に目を奪われる。
「せっかくここまできたのに、体育館にこもりきりなんてねえ」
思わず遊びに出たくなる誘惑に駆られる。
午前の練習が終わり、しばし休憩。
すっかり合宿での生活に慣れたせいか、食堂とそれへ続く通路でもおしゃべりの声でざわついていて、何度も注意が飛ぶ。
「ほら、静かにしなさい。他の人に迷惑でしょう」
「後ろが待ってるよ、テレテレしない!」
叱られて首をすくめる下級生たち。
後からやってきた合宿生たちも叱られる様子を目にしてパタパタ足を早めた。
やがて食堂から溢れ出た列に足を止める。
食堂は思いの外、洒落に作られており、外の景色が見られるようガラス張りになっていて眺めの良い場所に位置していた。
少女たち列を作り、厨房から受け渡し口で、お盆に並べられた食事をそれぞれ受け取ってゆく。
そして座るための空いた席を探すのに、これまた大わらわだった。
メニューはまだまだ練習が続くことを考慮して食べやすい、おなかがいっぱいで苦しくならないように。
それでいて持久力がつくメニューが組み立てられている。
栄養も計算され、美味しく食べられるように工夫されたメニューは カロリー、タンパク質、色々な栄養素がバランスよく含まれている。
トップクラスの指導者が参加している合宿ならではだった。
「うわー、美味しそう」
「でも、こんなのも食べていいんだ……」
肉、魚。果物。
体重管理はいつも悩みの種の彼女たちだが、意外そうに見つめる。毎日体重計に乗って記録をつけて頭を悩ませている。
和穂が几帳面にメモを取っているのを見つけた。
ドジをする一面もあるが、勉強熱心さでは他に誰にも負けない。
(和穂ちゃん、頑張ってるんだな)
流れに任せて一緒に食堂の列に並んでいた美乃理はそんな和穂に気づき、見つめていた。
何か気になる。
「あれ? そういえば先生たちは……」
ちょうど並んでいた須藤さつきが、ふと美乃理に耳元でささやいた。
さっきここに来るまで一緒だった中田先生や栗原先生など教師陣の姿が見当たらない。
「ええと、さっき用事があるって言ってよ。お迎えがあるって、ばたばた出て行ったよ」
「へえ、そうなんだあ。楽しみだね」
合点がいったようにさつきが頷く。
合宿の管理を担当する指導者たちは、遠い東北からはるばるやってくる学校を迎える準備のため、早めに昼をすませてどこかで打ち合わせをしているのだ。
また新しい子たちとの出会いがあることは美乃理たちにとってはワクワクする。
「でも先生たちも大変だね」
「ちょっとぐらい厳しくても、我慢しないと」
ほんの数年前までは1、2校でささやかにやっていた合宿も、有力校の参加で、規模が著しく大きくなったという。
この合宿の段取りも当然大変なはずである。
その裏方で支えてくれる人がいてくれて、新体操に打ち込める自分たちがいる。
美乃理にふと思いがこみ上げてくる。
かつて、ほんの少しだが、仮入部でマネージャーをしていた自分が思い浮かんだのだ。
瞼の奥に浮かぶ学生服姿の男子生徒。
進学、受験しかなかった稔だ。
男子禁制の場に招き入れられ、目の当たりにした。
女性の美を極めるために日々心身を鍛え、舞台で舞い、人々を魅了させるスポーツの存在に心を打たれたが、遠くに見ているだけだった。
自分には遠い世界のこと。ただ裏方で手助けをするしかない。
願わくば自分のサポートが少しでも彼女たち新体操部員の役に立つように。
そしてその時の稔は少しだけ思った。
もし自分が女子だったら新体操をやりたかった。
まるで今の美乃理はそんな思いから生まれ出た存在のようにも思えた。




