第137章「記者からの目」
少し息があがって手を止めた美乃理は額の汗を拭った。
「ここしばらく使っていいよ」
「本当ですか? ありがとうございます。御手洗先輩」
空いた場所を練習中の後輩に譲る。
そして体を休めるために場を外す。
一息ついていると、ふとある人が美乃理の目に留まった。
「あ、あの人……」
練習場の隅に、明らかに合宿の直接の関係者ではないスーツ姿の若い女性がいた。
新体操の練習に励む中高生の女子たちをじっと見つめている。
王鈴、そして正愛のメンバー一人一人を鋭い眼差しで、ひたすら見つめている。
あるいは練習内容を盛んにメモしている。
腕章をつけているから、すぐにこの女性が新聞記者だとわかった。
(そうだ。これが朝のミーティングの時に、先生たちが言っていた取材のことだっけ)
美乃理は理解した。
顧問の先生たちからは写真は撮らないし見ているだけなので、気にせず練習しろとは言われていた。
「こんにちは。取材お疲れさまです」
声をかけられたその記者らしき女性は、振り返ると目を大きくして、そして笑顔になった。
「あら、こんにちは。あなた、御手洗美乃理さんね」
すぐに自分の名前が出てきた。
向こうの方が自分を知っていることに驚いた。
「あ、わたしは、こういうものなんだけど、よろしくね」
明るい調子で、早速スーツの内ポケットから名刺入れを取り出し名刺を一枚差し出した。
朝毎新聞文化スポーツ部体操担当。
記者 小堀香奈とあった。
「あ、ありがとうございます。小堀さん、ですか」
「ええ。きっとこれから色々とお世話になると思うから」
優しい笑顔だが、目には鋭いものがあるように感じた。
大きな獲物がかかったような目をしている。
「あたしのこと、小堀さん、知ってるんですか?」
「ええ。当然よ。御手洗さん、あなたもこれからの新体操で期待されている選手の一人なんだから」
当たり前のように記者の小堀さんは頷く。
「そ、そうなんですか」
立て続けの期待と評価にになんだかむずがゆさを感じた。
「もちろんよ、リトルクイーンカップ優勝、全国新体操ジュニア大会小学生部門一位、あ、四年生と三年生の時には低学年の部で準優勝してたわね。もう期待の星として申し分ない成績よ」
驚いた。自分の経歴も全て調べてあった。確かに間違っていない。
地区大会など小さな大会の結果も、全て網羅している。
「優勝の挨拶の時は、次の目標を聞かれて新体操を一生懸命やれればそれでいいって、なんだかすごく達観した大人みたいなことを言ってたわね。10歳の子とは思えない凄く立派な言葉で」
「そ、そうでしたっけ。あたし、そんなこと言いました?」
「そうよ、ここでしっかり言ってるわよ」
鞄からノートを取りだしてパラパラめくる。
「あ、これね。この時のこれ。あなたも見る?」
沢山所狭しとノートに貼られている切り抜きに驚いた。優秀な成績を収め、クラブチームにやはり取材と称して地元の小さな新聞社の記者の人が訪れたことがあった。優勝した美乃理が代表で挨拶の言葉を話した。
ただの他愛もないやりとりだった。
レオタード姿の忍や亜美や麻里もいるが、その中心に美乃理がいて、並んで写真を撮った。
ホールの会議室に連れて行かれて皆と一緒に記念撮影をした写真が載った。
大会で賞状と記念品を腕に抱え美乃理は写っている。
表情は少し恥ずかしそうにぎこちない笑顔をしている。まだ少女である自分にも新体操をすることにも慣れきっていなかった時期のこの顔は確かに自分である。
(そういえば、あったっけ)
ようやく、忘れかけていた記憶を思い出した。確かに地元の新聞の小さな記事に自分は載った。
そんなものを持っているこの小堀の調査力にも驚いた。
自分ですら細かく聞かれたら、その時のことはすぐには思い出せない。
「直接お話できて嬉しいわ。よろしくね、御手洗さん」
「あはは……よろしくお願いします」
少し話をしただけだが、かなりきれる人のように感じた。
小柄で穏やかそうな外見だが、確かに記者である。栗原以上の視線で自分をみつめている。
自分から罠にかかりに行ってしまったような気が少ししてしまった。




