第135章「世界を見据えて」
「はい……」
美乃理もわかっている。
唯一の解決策は何もしないことだった。
時間が経つにつれてそうしたミスは次第に減っていった。心身が少女の美乃理として成長してゆくなかで戸惑いが小さくなっていき、揺らぎによるミスも減っていった。
幻がみえることもめっきり減った。
だが、完全に迷いがなくなったわけではなかった。
高度な技が要求される全国レベルの大会に出場するようになってからは、そのわずかな小さな揺らぎも結果を動かした。
「でも、その弱点もかえって美乃理らしさがでているの。迷いながらも、新体操に向き合うあなたの魅力になっているから困った魅力ね」
「どうしたらいいでしょうか。栗原先生」
「いいのよ」
「……? どういうことですか?」
「無理にどうにかしようとしなくてもいいわ。わたしはむしろ、あなたのその魅力をなんとかして、もっと咲かせて、昇華された演技をみてみたいと思っているのよ」
また驚いた。宏美も同じ評価をしばしば口にする。無理に直す必要はない。それも同じだった。
流石この人の洞察力は本物だと心の中で改めて舌を巻いた。
「難しいですね……」
皆自分に難しいことを言う。
不安定な心の奥底に咲く花の美しさ。これもまた美乃理の演技の魅力。
それを直すのではなく昇華させたいということのようだ。
「御手洗さん、昨日は話せなかったわね。ちょっといい?」
「あ、はい」
栗原先生の真剣な面もちに、居住まいを改めた。
(あたしのこと。一体何だろう)
「昨日の練習も見せてもらったけど、あなたの演技、とても素晴らしいと思ってるのよ。あなたの将来はますます期待できると確信したわ。これから先の新体操を担う一人はあなただって」
栗原の言葉は確かに心のこもった声だ。
のっけからの大賛辞に美乃理は首をすくめた。
「あ、ありがとうございます。でもわたしはそんなとこまでいっていないと思います」
自分はまだまだ。背中を追っている宏美はどんどん遠くなるばかりと思っている。
自分の評価と外からの評価の違いに戸惑うばかりだ。
「そうね、もっと上を目指すには、あなたにはまだまだ克服するべき課題は多いわ」
「そうですよね。あたしは、まだまだ欠点だらけで」
実際ライバルはもっと沢山いる。月見坂の朝比奈麻里だけではない。
自分を追い抜こうと虎視眈々としている子たちは他にもいる。
面と向かって挑戦状をたたきつけられたこともたびたびあった。
例えばちょっと大きめの競技会に行ったりすると、「御手洗美乃理ってあなた?」といきなり知らない子から呼び捨てにされたり。「あなたに勝ってみせる」「目標は花町クラブの御手洗さんに勝つこと」と公言された。
あはは、よろしくね、と無難に挨拶を返す。
「あるいは、思ったよりおとなしくて地味な子ね」とネガティブなこと言われたり。
握手を求めようとすると。
「気安くしないで」
と突っぱねられたり。
あるいは大会の前には口も聞いてくれない子。
麻里よりもきつい子は珍しくない。正々堂々としている分、陰険な部分が無い麻里の良さがわかったぐらいだ。
そして美乃理は打ち勝ってきた。
大会の後に美乃理に成績で負けて泣き崩れた子もいた。
新体操も競技となれば勝負の世界であった。
みんな手を繋いでゴールというわけにはいかないし、手は抜かなかった。
けれども、それらいずれの子も確かに実力を持っていた。ずっと目標が高い。
美乃理が唯一頂点を極めているわけではない。
「上手な子はほかにもいますしね」
「違うわよ。あなたの持っているものはその欠点を補ってあまりあるの」
「わたしの持つもの?」
「高い点数を取るために難易度の高い技をすることに鵜の眼鷹の眼になってしまいがちだけど、これからは芸術センスも必要になってくるの、これは一朝一夕にはできないけれど、あなたにはそれがある」
自信を持って言い切った。




