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第134章「指導を受ける」

「よろしくお願いします」


 その場で小さく挨拶だけを送った。


「それより、練習を続けて」

「はいっ」


 もう一度挨拶を送って練習を再会する。

 そのまま手に持っていたリボンを使って

 螺旋を描き、また手を持ち替えて片足を伸ばす基本的な動きを繰り返した。

 その動きを栗原は丹念に見つめる。


(……)


 練習だが試されているのがわかる。

 昨日龍崎宏美と話を念入りにしていた人でもある。

 その人が今、美乃理に話しかけてきている。

 昨日一昨日ぐらいから飛び交っている龍崎宏美の噂が頭に思い浮かぶ。

 海外に行く。あるいは体育大へ特待生で進学する、等々。

 もし行くのであればより良いところを目指すことは不思議ではない。

 正愛学院の大学部にも新体操部はあるが全国トップではなく、中堅的な位置づけである。

 ならば、頂点を考えるならばその先は。美乃理にも容易に想像がついた。

 この栗原コーチが指導している東都女子体育大学がまさにその場所である。

 そのトップ校のトップの指導者が今、美乃理を爛々と輝く眼で見つめている。


「手具は演技しながらでも、しっかり視線を定めて追わないと駄目よ御手洗さん」


 一度美乃理が手を止めると栗原はすかさず口を開く。

 身振りを交えながらさっきの美乃理の動きを細かく再現する。

 リボンならうごめく先端に注意して。棍棒なら回転や傾きを意識して。

 細かいところまで指摘が及ぶ。


「自分の体の一部だと思いなさい」


 自分の練習を隈なくみていた。彼女からの指導を直々に受けるのは、全国の新体操をしている女子の念願でもある。

 その人が率先して美乃理に指摘をしようとしている。 


「それに……見てるとわずかに目が泳ぐことがあるわね」

「はい、よく言われます」


 内心美乃理は舌を巻いた。

 確かに、指摘はそのとおりだ。

 美乃理には、演技の最中に、わずかに眼が泳ぐ癖がある。そしてそれが失敗に繋がり、優勝を逃したこともあった。

 この自分の弱点については、美乃理も自覚していた。宏美もコーチにもよく指摘されていたのである。

(この人、本物だ……)

 しかしこの合宿のわずかに美乃理の動きや練習でその特徴や癖を見抜いたのは、流石トップと言われる指導者だけのことはあった。

 コーチとしての実力は確かに本物。


 そして、今のところ美乃理にとっては同時にどうしようもない弱点だった。

 美乃理に秘めている内なるものが原因で、宏美からも無理に直せとはいわれないものだった。いずれ克服しないといけないと思ってはいる。


「どうやら自分でもわかっているのね」


 さほど驚きをみせない美乃理の反応から栗原も察した。


「はい、前から直したいと思ってるんですが……」


 弱点の原因ははっきりとわかっている。

 いつも美乃理が感じていたあれである。

 時にふっと稔がみえてしまいそうな錯覚である。

 今と昔の自分の交差だ。

 稔と美乃理。

 今もこの少年と少女が自分の心の中に宿っている。

 それがほんのわずかな心の揺れとなって演技に現れる。

 そして少し体の軸がぶれたり、手具の操作が滑らかにできなかったり。

 最初の頃は、頻繁にミスの原因となり失敗を重ねた。

 そのせいで、小学生時代は大会でしばらく日の目をみずに、朝比奈麻里の後塵を拝しつづけ、大きな大会で二番、三番の成績が常だったのも、この癖が原因だ。

 時には、昔の自分の姿が幻影のように見えたりする。


「直そうと意識すると、余計に駄目なんです」


 少しあきらめた様子で答える。これまでも何度か克服しようとしたが、どうにかしようとすればするほど、酷くなる。

 自分の中の稔が拒否する。自分を忘れないでくれと言っているように。


「きっとそうだと思うわ。おそらくあなたが生まれ持っている性質みたいね」


 栗原の指摘は鋭かった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 一流となるとやはり、ですかね
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