第133章「自身をみつめる」
(さあ、こっちも練習しないと)
横目に見つつ美乃理も自分の課題に取り組む。
うかうかしていられない。上から目線ではいられない。皆一生懸命やっているのだ。
手にしているリボンのスティックを握りしめた。
団体チームメンバーが練習する脇で、個人練習を別のマットで行う。
「お願いするね、さっちん」
マットの中央へ移動する。
「はーい、任せといて」
さつきに手伝ってもらう。
須藤さつきは、美乃理が正愛に入学してから出会った生徒だ。
身体能力はそこそこではあるし、大会にもしばしば参加するが、どうしても美乃理や敦子、そして上には宏美などがひしめく今の正愛学院新体操部では、その活躍は見劣りしてしまう。ただ、部活動には人一倍熱心に取り組むひたむきさは誰よりも強い。そういった部分は忍に似ていた。
美乃理のサポートをすすんでかってくれるさつきに感謝する。
位置についた。
広い練習場といえ、演技のための十三メートル四方のマットをまるまる使わせて貰うのは、特別扱いだし、それに応えるためにも練習は手を抜けない。
「さあ、行くよ」
自分で自分に小さく呟いて、気合いを入れた。
リボンが床から舞い上がる。体をマットの上を縦横無尽に踊らせる。
ジャンプは高く、動きは滑らかに。足さばき、テンポ、間違っていないか、歩数まで計算して技に取り組む。
リボンの動きとも一体性があるか。乱れはないか。動きに少しでも迷いがあっても、長いそれは乱れて床についたり、結び目ができたりしてしまう。
本番でそうならないように、じっくりさつきにも確認してもらう。
「今のどうだった? さっちん」
自分だけではわからない。場合によってはビデオに取って確認することもあるぐらいだ。一々さつきにもチェックを受ける。
「大丈夫だったよ」
手でOKサインを作ってくれた。
別の手具の練習も繰り返す。
何度もボールを投げては体に滑らせるタイミングを確認する。あるいは棍棒の扱い方。
軸足を使った回転にぶれがないか。手の指先からつま先まで動きを確かめる。
調子があがってきた。
何度も何度もーー自分の中で納得ができるまで、気が遠くなるぐらいに繰り返す。
「いち、に、さん、し」
かけ声と一緒に手を叩く。
さつきに手拍子を付けてもらって、リズム感を付ける。
ものにできるまで。納得のいく技に仕上がるまで。
そうして、自分を高めていく。充実感でいっぱいになる。
(よし、これだ)
ようやく感覚を掴めてきた。
一旦一呼吸入れる。
しばし手を止めて、忘れないうちに頭の中のイメージで反芻する。
「うーん」
もっと改善できるところはないか、より良い演技をするために目を閉じる。
その矢先だった。
「御手洗さん」
ふいに声をかけられた。
閉じていた目を見開き、視線の先には、一人の女性が立っていた。髪はさっぱりと短めで美乃理よりも小柄だ。
やや年輩だが見通すような鋭い眼差しはとても生き生きしている。
昨日宏美が一緒に話していた女性コーチだ。
「あ、こんにちは。栗原先生」
美乃理は駆け寄り挨拶しようとして制止された。
「いいのよ、そのままで」
栗原コーチ。
東都女子体育大で今も体操界の第一線で活躍中の指導者だ。
さらには、一学校の指導者に留まらず、大きな大会の審査員、国際大会の選手の選定と指導も担い、あらゆる場所に、その姿を見る。
肩書きを数多く持っていて、体操界の中枢にいる人だ。
スポーツ関連のニュースやコメントなどにも数多く登場して、美乃理もこれまで何度もその人の存在を目にしている。




