第13章「美乃理と母さんの三つ編み」
※この小説は男性から女性への性転換を題材にしています。それらの表現、描写がありますので、ご注意ください。
「また算数で、100点なの? 頑張ったわね、稔」
「国語は99点だよ」
「まあ、凄い」
稔の報告に母は笑顔だった。
「稔はとても優秀なのね」
母さんの喜ぶ顔を見て、稔も嬉しかった。
「きっと、成朗中学にも、稔なら、合格できるわ」
「成朗中学?」
「ここで、一番の学校よ。稔もそこに行けるように、頑張らないとね」
「うん、わかったよ、母さん、ボク頑張る」
だから、稔はテストで良い点数をとり続けた。
ご褒美に、と色々な物を買ってもらったりもした。
部屋に増えていくおもちゃ、望遠鏡もラジコンも、ゲームソフトも……。
だが稔が本当に欲しかった物は……そこには無かった。
忍と別れて、自宅に戻った。
まだ日は高い。
ドアを開ける。見ると家の中に気配を感じた。
果たして、大人のサイズの女性用革靴が一足合った。母さんの靴だ。
「ただいま――」
「あら、美乃理! お帰りなさい」
リビングでは、美乃理の母さんがいた。
母さんは仕事で帰ってこなかった翌日は、必ず家に戻っている。
十年前の姿だった。
ずっと、若い。それに綺麗だ。
「あ……」
美乃理の姿を見ても何も言わない。
一年生、女の子の姿のボクを――。
「昨日はごめんなさい、急に仕事が入っちゃって」
「ううん、いいんだ」
「ほら、美乃理が好きなチーズケーキ買ってきたわよ」
箱を差し出した。
ケーキは嫌いじゃないが特別に好きだった覚えはないので、多分美乃理が好んでいたんだろう。
こうやって、母さんはよくおみやげを買ってきていたことを思い出した。
「あら、ありがとう。悪いわね」
一緒に食べるためにお皿と紅茶を用意した。
「昨日急に残ってくれって言われちゃって……」
母さんは独り言なのか、聞いて欲しいのか一方的に話す。
昔ながらの癖だ。
医療職で大病院に勤めている母さんが忙しいのは、知っている。
だから、黙々とケーキを食べた。
「あ、そうだ」
小学校時代の帰ってきたときの日課を思い出した。
ランドセルから取り出したテストの結果をみせた。
今日学校で返却された理科のテストだ。
受けた覚えはなかったけど……
100の字が、御手洗美乃理の名前の上に赤色で踊っている。
満点だった。
「まあ、偉いわ。美乃理ちゃん」
この顔を見たくて、いつも良い点を取ろうとしていたんだ。
美乃理もかわらないようだった。
だが――
次の母さんの言葉に手が止まった。
「美乃理も、白鳥女子学園に行けるわね」
その名を聞いて美乃理は身震いをした。
白鳥女子学園。女子校の最高峰―― 一流とされる大学に何十人何百人も送り出す、全国屈指の女子校だ。
「欲しいもの、ある? 昨日のお詫びとご褒美に、何か買ってあげるわ洋服?アクセサリー?」
「……」
フォークを握ったまま、固まった。
「あら? いつも喜んで、欲しいもの言ってくれるのに」
美乃理の脳裏にはっきりと浮かんできた光景があった――。
塾の日々。
受験。
終わった後も続く競争。
落ちていく成績。
ついに期待に耐えられなくなっていった。
急に胸が重たくなっていく。
固まったままの美乃理。少し俯く美乃理の髪が垂れ下がった。
「あら、美乃理の髪が……」
ふいに、母さんが、美乃理のすぐ後ろに立っていた。
どうやら、また、髪が乱れていたみたいだった。
ストレート直毛のままだと、髪がすぐに乱れるようだった。
今日、さんざん動き回ったから、やっぱりきちんと纏めないといけないようだ。
「ちょっとじっとしてて頂戴」
髪の毛が引っ張られる。今朝宮田に引っ張られたように痛くはない。
「?」
母さんが、髪の毛を三つ編みにし始めたのだ。
器用に指と手を使いながら、美乃理の長い髪の毛を編み込んでいく。
「凄い……」
母さんの上手な指捌きに、素直に感心した。
「ほら、できたわよ、美乃理」
最後に髪留めと紐で縛る。
しばしの後、母さんは耳元で優しくささやいた。
「あ、ありがとう……」
不思議な感じがした。
頭を揺らすと、ふりふりと2つのお下げが揺れる。
それにすっきりした。今日一日髪の毛がまとわりついて、面倒だった。
やっぱり面倒でも、髪は纏めたほうがいいのかも。
でも想像以上に大変そうだった。
みただけで練習と工夫が必要なように感じた。
どんなふうになっているか、みたくなってみて、洗面台の鏡に行ってみた。
「あ……」
今日一日過ごした直毛の少女とは。また雰囲気の違う子がいた。
こっちの方が、元気な感じがするにもかかわらず、それでいて女の子らしい。
髪型を変えるだけでこんなにも印象が変わるのか……。
これも可愛い、と美乃理は思った。同時に女の子が髪型を変えることの重要性の一端をも知った。
ポニーテールなら、簡単そうだ。
やり方を後で調べてみよう。
リビングに戻ると、母さんがどう? と美乃理の返答が欲しそうな顔をしていた。
――ボクも母さんに一言言おうと思っていた――
「ありがとう」
素直に、凄いと思った。
母さんはこういうスキルを持っている。考えてみれば母さんだって女なんだからこういう身だしなみの方法は詳しいのは当たり前だ。
でも、美乃理だったボクは知らなかった。
美乃理だから、ボクは今知ったのだ。
「髪の毛……作り方、教えてよ」
「わかったわ」
母さんは笑った。




