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第125章「朝の洗面所」

 さつきと共に向かった共用の洗面所は戦場だった。既に場所は満杯になっている。

 共同洗面所は同じ階に一つだけ。ただし、いくつも蛇口や鏡が並んでいて、いっぺんに十人は使えるようになっている。それでもいっぱいになっていた。


「うわ、もうこんなに来てる……」

「ちょっと遅かったね」


 せっかく早起きしたのに出遅れてしまったことにお互い苦笑いする。

 ちょっと景色を眺めすぎた。

 歯磨き。顔を洗う子。持ってきた櫛で一生懸命髪を整える子。

 備え付けのドライヤーを奪い合う。あるいは自前で持ってきたがコンセントが使えずに結局待たされる子。

 あの壮絶な寝起きから、しっかりと身なりを整えていくのが年頃の女子らしかった。

 それぞれ軽く支度を済ませて練習場へ向かうのだ。


「あ、御手洗先輩、どうぞ」


 洗っていた顔をあげた。鏡に映ったその一年生部員は今田和穂だった。


「ありがとう、ごめんね。和穂ちゃん。ゆっくりやっていいよ」


 和穂は、後ろで待っていた美乃理に気づいて、気を使って早めに切り上げて場所を空けてくれた。


「いいんです、もう終わりましたから」


 急いで洗面道具を片づけようとする。歯ブラシ、石鹸を持って場所を空けようとして、コップが腕にあたってカランカランと床に落ちる音がする。廊下にまでその音が響く。


「あ、す、すいませんっ」


 拾おうとしてさらに、どさっと石鹸、タオル一式を落とした。


「ひえっ」

 

 さらに収拾がつかなくなる。

 和穂は少しおっちょこちょいという評価だった。

 だがその憎めないキャラで周囲の人気を集めていた。


「和穂ちゃん、落ち着いて、慌てなくて、いいから」


 くすくす、と笑い声が起こる。またやっている、といった感じだ。


「あ、ありがとうございます。もう大丈夫です」


 洗面用具を抱えて、和穂はその場を去ろうとする。

 実はまだセットしきれなくて、後ろに寝癖がしっかり残っているのも、ご愛敬だった。

 美乃理も人事ではいられない。その身だしなみに手抜きは許されない女子の一人なのだ。

 楽はできない。

 大きな鏡の前に立った。 

 昔はもっと楽だったと思いつつ手早く身支度を始める。

 さつきも別の場所が空いたので、そこで顔を洗い始めていた。

 まだ微かに残っている眠気を冷たい水で飛ばす。

 後ろに気配を感じた。


「おはよう、あっちゃん」


 軽く顔を洗っていた時、敦子が後ろを通るのが鏡ごしに見えた。

 タオルで顔の水滴を吹きながらその敦子に声をかけた。


「おはよう。みのりん」


 ふわっとあくびを一つしながら短い挨拶を返してきた。

 そのまま空いたばかりの美乃理のすぐ隣で顔をばしゃばしゃ洗い始めた。


「ふうーっ」


 昨日の夜中のことなど、何もなかったかのようであった。

 あのテラスで。星空と冷たい風の中で見た不思議な美しささえ持ち合わせた敦子はどこに行ってしまったのだろうか。今の敦子からは想像つかない。

(夢じゃないよね……)

 美乃理がそう思った瞬間に声をかけられた。


「昨日は遅くにお疲れ様」

「え? ああ、うん」


 二人にしかわからない会話だ。やはり夢じゃない、と思い知らされる。何食わぬ顔をしているだけなのだ。

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