第121章「星空」
合宿一日目が終わりを迎えようとしていた。
食事も終わり、各自部屋に戻って就寝の支度を始める。
「うん……これから寝るところ。こっちは大丈夫だよ。もう……心配しないでよ。え? 美香が話したいって?」
携帯電話もしくはスマホを持っている場合は、この時間に家に連絡を取ることも許されていた。
「あ、美香、元気? ちゃんとお手伝いしないと駄目だからね、それからお風呂から出た後はちゃんと体拭いて……もう泣いちゃだめだよ」
ようやく会話が終わり、通話をオフにする。
「美香ちゃんも相変わらずだね」
「うん、なかなか終わらせてくれなかったよ」
嘆いて見せつつも、少し笑みも見せて、バッグの中にしまう。
今日の一日を振りかえる。
「みんな目の色が変わったね」
「一年生たちにはいい刺激になったみたいです」
合宿の最大の目的が早くも結実しようとしている。
変わり始めた。
大所帯な分、ごたごたの多い一年生であったが合宿の成果は着実にあがっていた。
今は指示されずとも寝る準備に勤しんでいた。
9時に建物内の灯りは照度を落とされ、午後11時には完全消灯となる。
初日から練習をみっちりやったために皆入浴と食事を済ませた後は、すぐにベッドに入り寝てしまった。
トランプやゲームを持ってきた子もいたが、一日盛りだくさんの練習内容と明日へ備えなければいけないという気持ちから、皆すぐに疲れとともに泥のようにベッドに入って眠ってしまった。
しばらくすると、寝息が静寂に紛れて微かに聞こえる程度だった。
明日は朝からまた練習。
だが、厳しいが辛いとか帰りたいという部員はいなかった。
小一時間後。
普段のおしゃべり好きもこの夜は影を潜めていた。
消灯後しばらくすると、皆すやすや寝息をたてていた。
満月の夜だったので月明かりがカーテンから漏れる。
「ん……ん」
美乃理は寝返りを打った。
うとうとしていた美乃理は妙な視線と圧迫感を感じた。
夢うつつ。
きっと夢を見ている。その夢の中の出来事なんだろう。
また寝入ろうとした。
「!?」
気配を感じた。夢じゃない。
目をあけると――。
人影が目の前に。
「ちょ、……あっちゃん……!?」
部の中でも特に大きな体格の清水敦子は雰囲気とシルエットだけでわかる。
その敦子が仰向けに寝ている美乃理のすぐ横で立っている。
暗い中で佇みまっすぐ見下ろしていた。
視線があった途端、敦子が手をのばしてきて口をふさいだ。
「!?」
「もご、もご……(なにするの?)」
「しっ静かに、周りが起きちゃう起きちゃうから」
「もご……」
「何もしないから」
しばらくもごもごしたが、敦子の訴えかけるような目線に、落ち着きを取り戻した。
美乃理が落ち着いたのを確認すると、敦子はゆっくりと手を離した。
「なに? こんな時間に……」
小声で囁いた。
「話があるんだけど、ちょっと来てくれない?」
薄暗い敦子のシルエットが部屋の出口を指差す。
美乃理は頷いて、毛布を除けて立ち上がる。
二人で暗い廊下を歩いた。
二人分の足音が遠くまで響く。
消灯されている暗い廊下は非常灯の明かりだけが寂しく灯っている。
二階から広いテラスに出ることが出来た。
そっと開ける。
「ほら、ここ、凄く気持ちいいよ」
テラスに置かれているベンチに横たえる。
「それに……美女の血を求める蚊もこないからね」
自分で美女と言ってしまう独特のユーモアに美乃理もふふっと笑う。
美乃理もその横に座る。半分寝ている姿勢で――。
「気持ちいい……」
「でしょう?」
しばし夜の風に浸る。確かに心地よかった
暑かった昼に比べて心地よく冷やされた夜の風が吹き抜けた。
都会から離れているため空気も美味しく深呼吸する。
ほどよい涼しさの風が身体を撫でる。
二段ベッドが並べられた部屋は少し暑苦しい。
けれども女子は冷えやすい体質のためクーラーを嫌う子が多い。それは美乃理も同じである。
クーラーはガンガンにつけても平気だったのが懐かしい。
しばらく二人で夜風に拭かれた。
遠くで虫の声が時折聞こえた。
「こういうのを見つけるの、上手だね」
美乃理は感心して呟いた後に、夜空を見上げた。
「星が綺麗……」
雲一つ無い。そして澄んだ山奥の空気で星空が一面に広がっている。
普段都会の空を見ている美乃理たちにとって……。
「人気者は大変だろう? こういうのでリフレッシュしないとね」
「そうだねえ、あっちゃんがもっとやってくれると嬉しいんだけどなあ……一年生の指導」
「それは遠慮しておくよ」
手をひらひらと振った。
「どうして?」
美乃理は敦子の実力を知っている。美乃理の陰に甘んじている存在ではないのに――。
「後輩たちからも先輩たちからも、もっと見て欲しいって」
「本当にそんなこといってる奴らが言ってるんだ」
「私とあっちゃんが二人一つになれば、もっといいことができるって」
「へえ、そんな話があるんだ、じゃあ、いっそのこと……」
ぐいっと身体を寄せてきた。
「!?」
急に上に覆い被さるようにお互いに向き合う。
見つめ合う。
「キスしてみる?」
「ちょ、何をいって……」
「今二人で一つになればって――」
「もう、そういう意味じゃ……力を合わせてってのは」
敦子はいつも困らせる。
「ふざけないでよ」
少し怒ったような素振りをしてみせるが、はっと気付いた。
敦子の真剣な表情。
美乃理はこの顔をいつかどこかで見た。
「君は変わってないね……。真面目なのは。あの時と同じだ。童貞君だった時と、今も――」
更新再開と同時に急展開。
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。




